スポーツ報知では、関東大学サッカーリーグの魅力を伝える企画を随時掲載する。第3回は明大のDF桑原陸人(3年)がインタビューに応じ、G大阪ユースからトップ昇格を逃した挫折や、「武器がないのが強み」ととらえられるようになるまでの成長を語った。
翌年のトップチームに「桑原陸人」の名前があると信じていた。高校3年の2022年5月にルヴァン杯1回戦の鹿島戦(1●3)で先発出場。名門と言われるG大阪のユースでも主将を託されるほどの中心選手だった。
「とても覚えています。(22年)6月30日に(クラブとの)面談があって、そこで『トップに上がれない』と初めて言われました。プロになるためだけに、全てをサッカーにささげていました。プロになれなかったら終わり、くらいのところまで考えていた。今までの人生で一番の挫折です」
夢を諦められず、7月から他クラブでプロになる道を探った。売り込むために練習参加。ある思いと視点が浮かんできた。
「練習に参加する中で、G大阪以外のJクラブのユニホームを着ている姿が想像できなかった。
順大出身で当時のG大阪ユース監督、森下仁志氏(現東京Vコーチ)、コーチの元日本代表MF明神智和氏(現G大阪コーチ)からの助言にも影響を受けた。
「(私は)プロになって、すぐ海外を目指すつもりでした。(だから大学の)4年は長いんじゃないかとも思っていました。でも、それでも大学に行く価値はあると森下さんは教えてくださった。明神さんは高卒でプロに入ったが、引退前にJ3でやられていた経験もあるので、その(J1と3の)環境(の違い)などを親身になって話してくださった。大学に行かれた方の話と、行かずにプロになってW杯に出た人の話を聞くことができたのは大きかった」
Jの数クラブから獲得の打診を受けたが、明大の門をたたくことを決めた。入学後はサッカーだけではなく、寮内の雑務、部内の講習、大学の講義がある。サッカー中心のユース時代とは生活も考え方も大きく変わった。
「明治にはユース出身の選手、高体連出身の選手と、いろいろな選手がいる。そこの考え方の違いがあった。大学では一般の学生とも関わることで別の考え方も知れました。スポーツしたことのない人とも仲良くなって、試合に見に来てくれたこともあります。自分のコミュニティーが増える感じがすごい楽しい。プロになることが全てと本気で思っていたけど、広い目で見れば人生そうじゃなかった」
明大の栗田大輔前監督(現東京V副社長)との会話をきっかけに「武器がないのが強み」と、胸を張って言えるようになった。
「中学くらいから何か飛び抜けたものがないことを悩んでいた。指導者から『武器を磨け』と言われるけど、『俺、何したらいいんやろ』とずっと思っていた。それを栗田さんが、(武器がないことが強みと)自分に腑(ふ)に落ちるように話してくださった。人間的な成長、弱みに目を向けて認めることで前に進めることを教えてくれた。挫折を乗り越えられたのは、明治のおかげ。
挫折から進んだ大学で、桑原は大きな成長を遂げる。
◆取材後記 桑原は取材時、ハムストリング(太もも裏)を負傷中だった。3月のU―20代表のスペイン遠征も辞退することになったが、「けがをするのは自分の実力がなかっただけ。その原因が何かある。見直す伸びしろが見つかったと思うようにしています」。けがをきっかけに負傷部位の強化、自身の課題だった上半身の可動域と柔軟性の向上に取り組むという。
「人間万事塞翁(さいおう)が馬」。G大阪ユース時代に寮監から紙に書いて渡され、大事にしている言葉だ。人生の幸運も不運も後にどうなるかは予測できない、という意味。「けがして良かった、とプラスに捉えられるようにしたい」。どんな苦悩も後の幸運に転じさせるため、桑原は歩みを止めない。(大学サッカー担当・浅岡 諒祐)
◆桑原 陸人(くわはら・りくと)
▽生まれ 2005年1月21日、京都・京都市生まれ。
▽サイズ、利き足 177センチ、73キロ。右。
▽サッカー歴 4歳で始める。26年にJ2甲府への加入が内定している日体大のMF松山北斗に誘われ、小学校は京都長岡京SSでプレー。中学からG大阪のジュニアユース
。同ユースを経て23年に明大に入学。
▽小学校チームのOBに元日本代表 京都長岡京SSにはG大阪の元日本代表FW宇佐美貴史、川崎の同MF家長昭博が過去に所属。同チームの初蹴りにも訪れる。自身の在籍
時に行われたサイン獲得リレーでは、1位を取り宇佐美のサインを獲得。実家に飾っている。
▽ポジション 主にサイドバック。ボランチなども守る。参考にしていた選手はドイツ代表MFキミッヒと元同DFラーム氏。
▽幼少期の憧れ ブラジル代表MFネイマール。11年のクラブW杯サントス―柏戦をテレビで見て、同選手の髪形をまねしたことも。
▽英語の勉強にも奮闘中 G大阪ユース時に英検2級を取得。現在はオンラインの英会話レッスンに取り組む。海外遠征で審判との会話も円滑に出来るように。