◆スポーツ報知・記者コラム「両国発」

 元横綱・朝青龍。私が人生で最後に「殺すぞ」と言われた相手だ。

2009年、九州場所千秋楽の翌朝。優勝を逃した朝青龍は泥酔状態で福岡空港に現れた。私は新卒2年目で初対面。「お前どこだ!」「報知です」「報知? 殺すぞ!」。会うなりすごまれ、ワイドショーでも取り上げられた。冗談交じりとはいえ、コンプライアンス全盛の今では笑えない思い出だ。

 民主党への政権交代が世間をにぎわせた当時は、スポーツ現場の雰囲気も今と違った。ある甲子園常連校の試合では、ベンチから聞こえるヤジが度を越えていた。指導者が容認していたのだろうか。長く指揮した監督は後年、暴行問題が表沙汰になって辞任した。

 時の流れに取り残される人もいれば、アップデートする人もいる。今年1月、44歳になった元朝青龍が来日。

甥っ子・豊昇龍の横綱奉納土俵入りを見届けるなんて粋じゃないか。「楽しむ時は楽しんでもらいたい」。社内で相撲面をレイアウトしていた私は、元横綱の温かいエールを見出しに採用した。怖いだけの悪童は進化している。そう信じて。

 あの日以来「殺すぞ」とすごまれたことはない。横綱昇進の抱負を述べた豊昇龍の一言が心に残っている。「てっぺんよりもっと上のてっぺんを目指したい」。言葉を扱う仕事に就く者として、ハートを優しく射抜く「殺し文句」に出会えるのを楽しみにしたい。言いたいことも言えない世の中は、ちょっと寂しいから。(レイアウト担当・堀北禎仁)

 ◆堀北 禎仁(ほりきた・よしきみ) 2008年入社。紙面レイアウトの傍ら両国周辺の街ネタを取材。

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