「罪の声」「騙し絵の牙」など数々の映画化作品で知られる塩田武士さん(46)の新作「踊りつかれて」(文芸春秋、税込み2420円)は、SNS、週刊誌報道などの情報被害がテーマ。元新聞記者の社会派作家の第一人者として、真贋(がん)定かならぬ情報があふれ過ぎる現代社会に問題提起を投げかける意欲作だ。

「取材したことを出し尽くした」と苦笑いで語る気鋭作家の情報被害に対する思いを聞いてみた。(樋口 智城)

 ある日、突如更新されたブログに書き込まれた「宣戦布告」と題された文章には、SNSで誹謗(ひぼう)中傷を繰り返す人々の個人情報が晒(さら)されていた―。「罪の声」や「騙し絵の牙」「存在のすべてを」などで現代の問題を斬り込んできた社会派作家が新しく描いたのは、SNSや昔の週刊誌報道などの「情報被害」をフックにした人間ドラマだ。

 「18年に誤報をテーマにした短編集『歪んだ波紋』を書いたんですよ。世の中の情報についての反応が多いんだろうな…と思っていたら、ストーリーが面白い面白くないとかの感想ばかり。あれ? 情報の時代なのに、情報に興味のない人の方が多いんじゃないのか?と思ってしまって…」

 抱いた違和感。それは「歪んだ波紋」を書く以前から考え続けてきた。

 「SNSなどに関しては、2010年代の中頃から息苦しさを感じていました。相互監視で圧力があったり、畏縮(いしゅく)したり。まさに第5権力(立法・司法・行政の三権と報道機関に加え、オンラインでつながった個人が権力を持つ考え方)的になってきたなと」

 実は塩田さん、ずっと情報被害についての自身の考え方をメモに取り続けていた。いつか小説の題材にと、悶々(もんもん)としながら構想を温めていたのだ。

 「宿題として残ってきたこの感情、SNSの問題とかを、どっかで吐き出さなアカンと思っていて。

週刊文春で連載できたら一番面白いんじゃないかと思っていたら…ホンマに連載依頼来たんですよ。どんぴしゃのタイミングで」

 ただ一つ問題が。この話題がテーマなら、週刊誌の新旧情報被害についても取り上げなければいけない。

 「最初は『週刊文春ならではのものにします』の言い方で逃げてました。いざ連載になったとき最初にどう言い出そうかと…」

 そこで一計を案じた。

 「今作の冒頭部分を書いて、週刊文春のデスクが私が住んでいる京都へ新幹線へ向かう最中に『読んでほしい、これで打ち合わせしよう』とメールしました。読んだら続きが気になるモノを書いたら絶対OKしてくれるだろうと」

 返ってきた返事は、絶賛。

 「文春の懐の深さですね。ノリの良さ、チャレンジ精神があって、週刊誌連載で週刊誌批判するってことも受け入れてくれる。メチャクチャ気合入りましたよ」

 週刊文春での連載は23年5月~24年8月。その最中にも、文春砲をはじめとしたさまざまなニュースと、SNSでの誹謗中傷があった。

 「ダウンタウンの松本人志さんとか、歌舞伎の人のこともあったし、1発目の広末騒動とかもありました。

いろいろ見て思ったのは、あらためて『ブレーキが必要やな』ということ。文春が書いたから本当だろうとか思って、リポストしてすぐ信じたり。文春は確かにすごい裏付けしているんですけど、一歩引いて判断する姿勢が大事なのでは」

 SNSでは、信じたいと思った内容にすぐのめり込む傾向があると指摘する。

 「自分の気に入っているものや考えだけを集めてより強化し、正しいんだと持っていくことが多い。つまり、自分を聡明だと思い込むママゴトをしている気がするんですよ。その際、『情報源はどこだ』『表現は過剰すぎないか』とか意識して見ていけば、アレ? おかしいなと気づけるはず」

 SNSの実感のなさにも危機感を感じている。

 「すでに炎上したことに関して便乗する必要があるのか。炎上に乗っかった時に、対象者や家族を実在の人間として認識できているのか。質感がないから、物事を虚像として捉えてしまってはいないか―。SNSは対面じゃないから、対面の時に生じる反論の恐れがない。目の前で悲しそうな顔をされるとかの罪悪感も一切消えちゃう」

 誹謗中傷や情報被害を加えてしまう人の心理はどう分析しているのだろうか。

 「根底は『相手を屈服させたい支配欲』だと思います。

己で消してしまわないといけないところを、より共有しやすくなって、モンスター化していく。例えば1人が一家を支配して事件を起こす監禁事件とかのようなものと、同じようなものなのではないでしょうか」

 一方、ネットをファクトチェックするにも限界が。

 「悪魔の証明に近いですよね。事実か否かの判定なんて薄氷のようなものです」

 だからこそ1次報道の大切さも強調する。

 「調査報道大賞で選考委員も務めてますが、あの分厚い裏付けのために人をかけてお金をかけることに感動するんですよ。確かに、調査報道ほどコスパが悪くてビジネスに向かないものはない。けれども、メディア側もそのソースに選ばれると、情報価値ができてマネタイズのビジネスチャンスも生まれる。今後は情報源の重要性はもっと認識されてくるはずですから」

 現代社会を生きやすくするための使命感もある。

 「法律は罰則が厳しくなるでしょうが、誹謗中傷の数が多すぎてどうしようもない。だから、小説なり何なりで一人一人意識を変える方が早いと思っているんです。昭和時代はたばこの吸い殻が落ちまくっていましたが、今は違う。これって倫理観が上がってるってことですよね。

ブレーキをかけなければと感じ、複数の確認ソース持つのが当然と考える若い世代が育ってくれば、世の中の意識も変わってくる」

共有してほしい 情報被害が横行することへの恐怖感。賛否両論を覚悟で問題提起するため、長年書きためたメモは今作でほとんど使い果たした。

 「今までは何か伝えたくて書いていたんですが、今回はそれを超えて、物語を共有してほしい気持ちなんですよ。将来、みんな『あんな時代やったな』って振り返る時が必ず来る。その時に『あの小説読んで、少し考えた』と思ってもらえれば、この小説を書いたかいがあったなと思いますね」

 ◆塩田 武士(しおた・たけし)1979年、兵庫県生まれ。46歳。関西学院大社会学部卒業後、神戸新聞社入社。在職中の2010年にデビュー作「盤上のアルファ」で小説現代長編新人賞を受賞。12年に退社し専業作家に。16年「罪の声」で山田風太郎賞を受賞。同作と18年の「騙し絵の牙」は2年連続で本屋大賞にランクイン。19年「歪んだ波紋」で吉川英治文学新人賞、24年「存在のすべてを」で渡辺淳一文学賞を受賞した。

◆塩田さんが選ぶ おすすめの一冊

 ◆持続可能なメディア 下山進(朝日新書)

 この本を読めば、とにかく今のメディアが分かる。新聞が衰退する中、日本の地方から海外まで、どういう例が持続可能なメディアになるのか。今をリアルタイムで教えてくれる本ですよ。

 前作の「2050年のメディア」もすごかったんです。誰も相手にしていなかったヤフーが大手新聞社を凌駕(りょうが)していく物語が書かれている。何もなかったところからガリバーになっていく姿を、あらゆる関係者の話でまとめている。

 下山さんは元文芸春秋社員のノンフィクションライターなんですが、とにかく説得力がすごい。しかも事実を書きながら短編小説のような物語性があって面白いんです。今後もご活躍される方でしょうから、メディアの行く末とかに興味のある方は必見ですね。

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