長嶋監督が激怒「何のサイン出したんだ！」翌日は笑顔に…切り替えの速さと情熱　村田真一氏の忘れられない試合　 (2025年6月8日)

第４回は村田真一氏（６１）＝スポーツ報知評論家＝。長嶋茂雄さんの第２次政権がスタートした９３年から、自身が引退する２００１年まで９年間、捕手としてチームを支えた。ポジション柄、敗れた試合では監督室に呼び出され怒られたこともあったが、そこにもミスターらしい愛される人柄があふれていたという。（取材・構成＝四野宮 秀和） 長嶋監督の下で、多くの時間を正捕手として過ごした村田には、忘れられない試合がある。のちにソフトバンクとのＯＮ決戦を制し、日本一に輝いた２０００年の８月２３日・広島戦（東京Ｄ）だ。その試合は特別な一戦だった。故障で戦列を離れていた斎藤雅樹のこの年初登板。日本一になるために必要な戦力が戻ってくる日だった。 「ベンチ裏で呼ばれてね。『チュー（村田の愛称）、今日は斎藤が戻ってくるし８、９回には桑田（真澄）を置く。お客さんも盛り上がるぞ～。勝つぞ！』と。監督も気合十分やったよ」 試合は斎藤が７回１失点と好投。南、岡島とつなぎ、３―１とリードした９回に満を持して桑田がマウンドへ上がった。ところが右打者の助っ人ディアスに左翼席に飛び込む痛恨の逆転３ランを浴び、まさかの敗戦。試合後、村田は監督室へ呼ばれた。マネジャーによると激怒しているという。覚悟を決めてドアをノックすると、怒りに震えるミスターが待っていた。 長「なんであの場面でレフトにホームラン打たれるようなサイン出したんだ！ 何を出したんだ！」 村「アウトコース真っすぐです」 長「なんでアウトコースが簡単にレフトに行くんだよ！」 村「すいません…」 長「すいませんじゃないよ！ あ～もう、いいよ！」 実は打たれた球はほぼ真ん中の失投だったが、言い訳はしなかった。自分が出したサインで打たれたのだから、怒られるのも仕方がない。どの監督でも経験してきたことだ。だが長嶋監督に、これほど激怒されたこともなかった。 そして翌日。暗い気持ちを振り払うように練習をしていると長嶋監督が近づいてきた。「おはよ～」のあいさつとともに通り過ぎるのかと思いきや、突然立ち止まった。次の瞬間発した言葉に思わず力が抜けた。 「もしかしたらスタメンを外されるのかなとか短い時間でいろいろ考えたよ。でも監督はニッコニコでさ。『そういえばチュー、（試合を報じる）ニュース見たよ。お前が構えているところと、ぜ～んぜん違う（ジェスチャーを交え）こ～んな球じゃないか。なんで昨日言わないんだよ。失投じゃないか。これからはちゃんと言うんだぞ。今日も頼むな～』って。昨日は何だったんやと。そもそも、あの状況で逆球でした、なんて言えんよな（笑）。しかし、あの試合の翌日で、あの切り替えの速さはすさまじいよ。オレ、ポカーンとした顔してたと思うよ」 ショッキングな負けをみじんも引きずらない切り替えの速さ。その後、指導者の道を歩む村田にとって大きな財産となった。そしてこれほど怒られても、わだかまり一つ残らないのも長嶋さんならでは、なのかもしれない。 「とにかく野球に対してものすごく情熱的な方。ユニホームを着ている時は瞬間湯沸かし器みたいになるのもたくさん見てきたけど、ひとたびユニホームを脱げば、おちゃめですごく優しい方。そのギャップがまたスーパースターなんよな」 ９７年、実父のがんが判明し、余命宣告を受けた。実はミスターの大ファン。村田は甲子園遠征の宿舎で父が大ファンであることを初めて伝え、写真を一緒に撮ってもらえないかと頼んだ。すると即座に「チュー、お前のオヤジさんだろ？ オレの家族と一緒だ。今すぐ連れてこい！」。その翌日、父を連れていくと、にこやかに出迎えてくれた。予定されていた取材の時間が迫っても「そんなの待たせておけ！」とお構いなし。父は憧れの人との会話を思う存分楽しみ、最後は２人で写真に納まった。 「本当に感謝しかないよ。あんなうれしそうなオヤジ見たことないってくらいだった。家族から聞いたんやけど、その後実家でさ、毎日、毎日ニヤニヤしながら写真を見つめていたんやって。だから最後はお棺に写真も入れたよ。それも含めてスター選手でもないオレが、公私で本当にお世話になったんよね。９年間、同じチームで野球をやらせてもらえたことを本当に光栄に思うし、これからも巨人を見守っていてほしいです」 野球に熱く、義理人情に厚い。その両面に触れてきた村田の感謝の思いは尽きない。 ◆村田 真一（むらた・しんいち）１９６３年１２月５日、神戸市生まれ。６１歳。滝川から８１年ドラフト５位で巨人入団。プロ２０年間、捕手として活躍し通算１１３４試合、打率２割３分４厘、９８本塁打、３６７打点。ベストナイン１度。０１年限りで引退。巨人バッテリーコーチ、打撃コーチ、総合コーチを歴任し、高橋由伸氏が監督だった１６、１７年はヘッドコーチ、１８年はヘッド兼バッテリーコーチを務めた。右投右打。