俳優・渡部豪太(39)が主演する舞台「近松心中物語」が18日から神奈川芸術劇場大スタジオで開幕する(26日まで)。1979年に初演され、平幹二朗さんや坂東三津五郎さん(上演当時は八十助)ら名だたる俳優が演じてきた名作だが、今回の上演では台詞は江戸時代そのままに、舞台を現代に移すという新たなアプローチで描かれる。
2組の男女が紆余曲折(うよきょくせつ)を経て、愛ゆえに心中の道を選ぶ姿を描いた物語。秋元松代氏の書いた脚本は江戸時代の物語だが、今回は舞台を現代に移して上演する。それでいながら、セリフを変えることなく演じるという、大胆な試みがされている。
「時代設定は現代の渋谷のスクランブル交差点みたいな雑多なイメージで、登場人物も全員、現代を生きている。それでいて、『セリフを一言一句変えずに、そのままやる』っていうのが約束なんです。衣装は和装ではなくスーツですから、古典のセリフ回しをしながら現代の体の使い方をするというのが、私の今回の挑戦ですね。右を見ながら、左を向くみたいな」
渡部は主人公である飛脚問屋の養子・忠兵衛役―と言いたいところだが、”肩書き”が正確であるのかどうかは難しい。飛脚という仕事は、当然現在には残っていないからだ。セリフを変えないとなると、その点はどうなるのだろうか。
「時代は変わっても、同じような仕事はあるので。例えば、私の役である飛脚問屋は形を変えて、宅配便ってところでしょうか。
物語の元となっている近松門左衛門の作品は、江戸時代に書かれたもの。現代でも歌舞伎や文楽、そして本作のような形で何度も演じられ、人気を集めている。そこには、近松作品で描かれるテーマが、現在にも通じるものがあるからだとみている。
「近松作品は書かれてから、300年くらいたちます。私も全て読んだわけではないので偉そうなことは言えないですが、戯曲を読むと、その時に社会で起きていた問題と、今我々が感じる問題っていうのがとても似ているなと思っています。それはお金のやりくりに困っただとか、他人の目に左右されて息苦しさを感じたりだとか。そういった普遍的なものが描かれているんですね。だから、300年たっても、見る人の心をつかみ続けているんじゃないでしょうか」
その意味では、舞台を現代に移して演じるという今作での試みは、間違っていないのかもしれない。
「我々の衣食住を取り巻く文化が変わってきただけで、人を愛する気持ちや情けをかける気持ちっていうのは変わりませんからね。
「心中物」といえば、近松が江戸時代に大流行させたジャンル。ただ「心中」は、現実世界では触れることのない”出来事”でもある。渡部は「近松物が好きな人はもちろんですが、これまでお芝居に触れることがなかった、若い人たちにぜひ見てほしい」と考えている。
「2組のカップルがどこかで接点を結びながら『心中』という結論を出し、そこに向かっていく。心中は愛のいびつな形ではあるけれど、人の数だけ愛の形はある。とても不可解な人間が選択する行動ではありますが、お客様と一緒に考えることができたらと思っています。演劇の醍醐(だいご)味は、目に見えないものをお客様に届けること。『友情』『情熱』『悲哀』だとか、文字では書くことができるし意味も分かる。でも、目には見えないじゃないですか。
渡部は2021年にデビュー時から所属していた芸能事務所を退社。フリーとなり、間もなく4年が経過する。この間、変化はあったのだろうか。
「役者業としての仕事は全く変わっていなくて。単純なことで言ったら、(仕事に関する)メールのやりとりを自分でするようにはなりましたが。事務所にいた頃は気付かなかった細かなことが分かるようにはなりましたね。『こんなこともケアしてくださっていたんだな』とか『私は何も分からずに、偉そうなことをペラペラ言っていたんだな…』と」
特にフリーとなってからは、舞台での活動が中心になっているように受け取れる。だが、渡部自身は「たまたま呼んでいただけることが多いだけだと思っている」という。
「よく『テレビと映画と演劇、どれが一番好きですか?』と聞かれますが、困るんですよね。その時は『パンも、パスタも、ご飯も好きなので選べない感じですね』と答えています(笑)。たとえば『映画に恋をした』みたいなことを言う方がいて、(映画を中心に活動していると)それはすごくカッコイイと憧れたりもするんですが、私は全部好きなんです。ただ、演劇の仕事でスタッフと一緒に練り上げて、役に向かって答えを探していく作業は楽しいですね」
来年3月には40歳。
「今までは恥ずかしくて、誕生日とか何も祝ってこなかったですけど、お祝いはしたいと思っています。一つのお仕事を30年やらせてもらうというのは、とても素敵なことだと思うので。自分で祝ってあげないと、何もやれないので、自分で公演を打ちたいというのはありますね。何かの役で表現するのではなく、『渡部豪太』という俳優そのものを表現できたら少し面白いかな、と。具体的に何をやるかは目下模索中ですが、舞台を作るだけじゃなくていい。何か形になる物を作って、お客様と一緒に楽しむのもいいですね」