片岡愛之助(53)は昨年11月29日、京都・南座で稽古中に落下してきた舞台装置と接触して「上顎(じょうがく)及び鼻骨骨折」の大けがを負った。手術を受け、53歳の誕生日である3月4日に復帰。

今だから語れる当時の壮絶な状況を激白し、病床での人生観の変化や叔父・片岡仁左衛門(81)からの激励の言葉も明かした。11月は歌舞伎座で「曽我綉御所染(そがもようたてしのごしょぞめ)御所五郎蔵」などに出演する。(有野 博幸)

 役者人生で最大のハプニングから11か月。愛之助は穏やかな笑顔で鼻に手を当て「ここにプレートが入っているんです」と明かした。至近距離から見ても傷痕は分からず、大けがの影響は感じられない。

 報道で伝えられているよりも、当時の状況は壮絶だった。「もう役者復帰は無理かなと思いました。落下してきた木製の舞台装置が当たって片目がつぶれて義眼になっていたかもしれないし、(額を指さして)ここに直撃だったら即死でした。鼻から右頬に当たり、不幸中の幸いでした。顔の表面は切れなかったけど、頬が陥没して鼻が曲がって骨折。眼球を支える筋肉が下がっていました」。開幕2日前に起きた、まさかの事態。

現場の空気は凍りついたが、愛之助は無我夢中で稽古を続けた。

 「鼻血は出なかったけど、喉の奥から血がドクドクと出てきて、口の中が血だらけに。吐き出したかったけど、舞台上にぶちまけたら、えらいことになる。飲むしかないと、ゴクッと飲み込みました」。1時間ほど稽古を続けてから病院に向かい、医師に「よく気絶しませんでしたね」と驚かれた。形成外科と整形外科の両方に精通した熟練の医師と巡り合い、手術の執刀を依頼した。

 病床で人生を見つめ直した。「少し顔の角度が違ったら、人生が終わっていた。人ってこんなに簡単に死ぬんだなと思いました。死んでたら、地縛霊になって、今でも南座をさまよっていたと思いますよ。悔いのないように生きようと心に決めました。けがの直後より手術後の方が10倍痛くて、ひたすら激痛と高熱に耐えました」

 3か月間の療養生活を経て、3月の歌舞伎座「仮名手本忠臣蔵」で大星由良之助役で復帰。

立役屈指の大役で、初役だ。「叔父の仁左衛門とダブルキャスト。僕の由良之助でお客様に満足してもらえるのか、うまく演じることができるのか、不安しかなかった」。出演初日の祇園一力茶屋の場。愛之助が登場すると、場内は快気祝いとハッピーバースデーの祝祭ムードで「ものすごく大きな拍手にホッとして、涙が出そうになりました」。

 仁左衛門からは「大変な思いをして助かったんだから、役者として使命が絶対にある。それを全うしてください」と激励された。それから7か月、いま改めて思う。「一般家庭で生まれ、歌舞伎座で由良之助をやらせていただけるなんて、夢にも思わなかった。間違いなく、役者人生のターニングポイントですね」

 苦難を乗り越えて、最高のタイミングで復帰。さらにNHK大河ドラマ「べらぼう~蔦重栄華乃夢噺~」、南座「流白浪燦星(ルパン三世)」など、けがの影響を感じさせない活躍ぶりだ。「新しい命をもらって生まれ変わった。

自分なりのやり方で歌舞伎を後世に伝えていく使命を果たしたい」と気持ちを新たにしている。

 ○…愛之助が3月に演じた由良之助は、史実の大石内蔵助のこと。偶然にも妻の藤原紀香(54)が舞台「忠臣蔵」(東京・明治座、12月12~28日)で内蔵助の妻・りくを演じる。「今月5日まで永楽館歌舞伎に出演していましたが、永楽館があるのは兵庫県豊岡市。豊岡市内に、りくのお墓があるんです。これも不思議な縁ですね。『西遊記』でお世話になった堤幸彦さんが演出なので、僕も『忠臣蔵』を楽しみにしています」と声を弾ませた。

 ◆三谷かぶき第2弾に手応え 「曽我―」は御所五郎蔵と星影土右衛門が、男の意地を張り合う物語。元大名家の家臣で江戸の侠客(きょうかく)である五郎蔵を演じる愛之助は「すっきりと粋な男伊達に見えるように勤めたい。背筋を伸ばして演じられたら」と意気込んでいる。

 11月は「歌舞伎絶対続魂(ショウ・マスト・ゴー・オン)幕を閉めるな」にも出演する。三谷幸喜氏(64)が作・演出を手掛ける三谷かぶき第2弾。

1週間ほど前から稽古が始まり、初日に三谷氏が「歌舞伎座でドッカン、ドッカンと笑いを取ります」と宣言した。座元藤川半蔵役の愛之助は「個性がぶつかり合っている感じですね」と稽古の手応えを口にした。

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