今年50回を迎える報知映画賞。受賞のインタビューや表彰式では、スターたちがスクリーンとは異なるさまざまな表情を見せてきた。

映画賞を取材してきた歴代担当記者が、印象に残ったシーンを振り返る。

 三谷幸喜監督の「記憶にございません!」で、記憶喪失になった内閣総理大臣を演じた中井貴一(64)。文句なしの受賞だったが、選考会終了後、難題が持ち上がった。

 12月の表彰式当日、中井は東京・世田谷区の劇場で主演舞台が控えていた。午後2時、7時からの昼夜2公演。例年通りの表彰式スケジュールではどう考えても出席できない。「主役不在」も覚悟したが、事務局が開始時刻を90分遅くすることで調整を提案した。すると中井も「選んでいただいた方やスタッフに感謝の気持ちを伝えたい」と、滞在時間約30分の超強行スケジュールを了承してくれた。

 舞台の昼公演が終わるとすぐに、約30分かけて港区の会場に駆け付け、席に着く間もなく、大トリでステージに立った。壇上では、自身が2歳の時に交通事故で亡くなった父の俳優・佐田啓二さん(享年37)の名をあげ「幼かった頃の自分と、亡き父を取り持ってくれたのが映画でした。映画で見る父を自分の父だと思いイメージを膨らませました」と振り返った。ついさっきまで舞台に出演していたとは思えない落ち着きぶり。

さすがの貫禄だった。

 無事に集合写真の撮影も終えたが、記者には記事を書く前にもう一つ仕事が残っていた。記事に厚みをもたせるため、ステージに立った後、あいさつの意図や裏話を追加取材するのが通例。ただ、中井はすぐに夜の公演に向かわなければいけない。中井側は「劇場に向かう車の中で話すのはどうか」と提案してくれた。

 まさかの同乗取材。本当は夜の公演に向け集中したいだろうと思いつつ、いくつか質問を投げると、移動中、ほぼすべての時間を使って、丁寧に答えてくれた。

 表彰式開始が90分遅かったため、原稿の締め切りはギリギリだったが、カメラが回っていないところでの中井の優しさに触れ、いつも以上に感謝しながら記事を書いたことは、記憶に新しい。(土屋 孝裕)

 ○…中井の父・佐田さんは報知映画賞は受賞していないが、ブルーリボン賞は親子2代で受賞を果たしている。報知映画賞の親子2代制覇はこれまでに5組。松田優作さん(8回主演)と松田龍平(38回主演)、三浦友和(10回助演、24・41回主演)と三浦貴大(35回新人)、三國連太郎さん(4回助演、14回主演)と佐藤浩市(40回主演)、富司純子(24回助演)と寺島しのぶ(28回主演、46回助演)、奥田瑛二(49回助演)と安藤桃子監督(39回作品)、安藤サクラ(37回助演)姉妹が受賞している。

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