サッカーを取材していると、多くの選手から聞くのが「球際で負けない」「デュエル(1対1の球際の争い)を制する」という言葉だ。その勝負で上回ることが全てではないが、現代サッカーで勝利に近づくためには重要なポイントであることは間違いない。

 サッカーはそれだけ激しいコンタクトを伴うスポーツだ。球際の勝負だけではなく、競り合いでは頭部同士の接触などが起こり、不意に強烈なシュートが顔面付近に直撃することもある。そうしたアクシデントは脳しんとうを引き起こし、選手は途中交代を余儀なくされる。復帰までに慎重を期すため、6段階のプロトコルがあり、脳しんとうが複数回生じると後遺症が残るリスクも高まる。最悪の場合は選手生命を絶たれる可能性もある。

 そうしたプレー中に生じる脳しんとうを予防したいという思いを形にしている取り組みがある。敬相の代表取締役社長・櫛田祐造氏と、大槻臨床研究所(新橋烏森通り歯科)代表・大槻武司氏がタッグを組み、22年12月からInFiNiTeetH(インフィニティース)社をたちあげ、歯の大きさ、形状、かみ合わせなどに合わせたアスリート専用のオーダーメードのスポーツ用マウスピース「UltrA MoutH(ウルトラマウス)」を手がけている。

 取り組みを始めた意義について、自身も現役で社会人サッカーをプレーしている櫛田氏は「サッカーは見える状況の中で様々なことが起きます。ブロックに行った時などその一瞬で(歯を食いしばって)グッとなる時、マウスピースがあるとないとでは違う。付けていないと緩和されるものがなく、直でくるので脳しんとうが起きてしまう。また付けていないと、歯が欠けたり、ガンとぶつかった時に歯で相手の額を切ったりしてしまう可能性もありますが、付けていればそういうケガもなくなる。選手寿命を伸ばすことが一番重要なことです」と説明する。

 自身が格闘技をやっていたことから20年近く前からマウスピースを使用し、スポーツ学会の研究などで理解も深い大槻氏も「マウスピースの本来の役割は、ケガの予防と脳しんとうを軽減させるものです。本当はコンタクトスポーツは全部入れた方がいいと思いますし、広がって欲しいなと思います」と、その重要性を強調する。

 実際にウルトラマウスの効果を口にする選手もいる。J2今治でプレーするMF笹修大は、8月16日の富山戦でシュートが顔面に直撃し、脳しんとうで途中交代を余儀なくされた。ただ、その直前から「脳しんとう予防」の観点でウルトラマウスを使用していたこともあり、「ダメージを軽減された感覚はありました。今まで脳しんとうが起きた時は(試合後に)アドレナリンが切れて、吐き気だったり、頭痛にすごい見舞われて結構苦しかったけど、今回は一応脳しんとうのプログラムに沿って復帰しましたけど、実際の自分の感覚的には、脳しんとうが起きた時のようなつらい感じはなかった。多分マウスピースがすごい良かったんだと思います」と感謝する。

 その実体験があったからこそ、笹は「サッカーも今はコンタクトが激しいスポーツ。ラクビーの選手が着けているように、本当にレガース(すね当て)と同じくらい、僕はマウスピースは必要だと思います」と話す。

 櫛田氏、大槻氏の願いもまた、マウスピースが、すね当てのように試合での装着が必須になること。「事象が起きるとだんだんマウスピースを付ける価値や意味合いが伝わると思っています。大人になってから付けると違和感でしかないので、だったら小さい頃から付けるしかない。

まねでもいいので、口に入れても違和感じゃないという文化に変えていきたいと思っています」と櫛田氏。身につけることが当たり前になれば、文化も変わっていく。

 最先端のスポーツ歯科学を学び続ける歯科医師が、カウンセリングから制作までワンストップで担っており、サッカーだけではなく、格闘家にも愛用者が増えている。現状ではしっかりと歯型を取り、制作出来る歯科医が限られていることや、本来の業務の合間を縫っての制作ということで、普及活動は初期段階とも言える。ただ、これまでに高校サッカー界の名門・青森山田高に導入するなど、少しずつ浸透していることは間違いない。

 大槻氏は「時間はかかるなと思いますが、それでもやる意義のある活動だと思います」と強調する。櫛田氏も「プレーの中身もそうですけど、選手として、少しでも長くやってもらいたいという思いがあります。『マウスピース価値あるじゃん。広げた方がいいね』という文化に変えたいですね」と思いを込める。コンセプトには「あと一歩、1秒、1ミリのために」とある。選手が競技中のリスクから身を守る意味でも、さらに普及していく未来を期待したい。(サッカー担当・後藤 亮太)

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