元キックボクシング世界王者でプロボクシング東洋太平洋スーパーウエルター級(69・8キロ以下)14位の緑川創(38)=EBISU K’s BOX=が、ボクシング転向わずか5戦目でタイトル挑戦の舞台に立つ。27日、東京・後楽園ホールで東洋太平洋同級王者ワチュク・ナァツ(28)=八王子中屋=と対戦する。

37歳でボクシングデビューを果たした男が歩む異色のキャリアの裏には、ひとりの父親としての決意があった。(取材・構成 勝田成紀)

 戦う理由が変わった時、ファイターはもう一度強くなれるのかもしれない。18歳でキックデビュー。WKBA世界スーパーウエルター級王者に輝き、元K―1ワールドMAX世界王者アンディ・サワー(オランダ)にも勝利。89戦57勝(25KO)20敗10分け2無効試合の戦歴を積み上げた。2023年2月に引退試合を行い、18年間のキック人生で完全燃焼した。

 「キック時代から、パンチ強化のためにボクシングジムにも通っていて、ボクシングをやりたい気持ちはずっとありました。ただ年齢的に厳しいことも分かっていました。引退後も、たまにボクシングの練習をしに行くぐらいのスタンスでいいと思っていました。キックをずっと続けてきて、減量とかも『もういいや』と思って。いろいろ、燃え尽きたなという感じでした」

 しかし36歳で、プロボクサーとして再びリングに上がることを決意した。キック引退から4か月後の23年6月、長男・路唯(ろい)くんが誕生。

キックで輝かしいキャリアを終えて一度は燃え尽きた闘争心に、再び火がついた。

 「子供が生まれて、男の子ということもあって、戦っている姿を見せたいと思いました。ただ勝ってリングに上げることなら、誰にでもできる。そんなんじゃ何の目標もならないし、つまらない。チャンピオンになってベルトを巻いた姿で、息子をリングに上げたいと思いました」

 キック時代に「グリーンモンスター」の愛称で活躍した緑川の決断を、世界の「モンスター」井上尚弥の試合が後押しした。

 「ちょうどボクシング転向を考え始めるようになった頃、井上尚弥選手の世界戦を見て、『やっぱりボクシングをやってみたい』と感化されました」

 ボクシング転向後、最初に痛感したのは「体の使い方の違い」だった。

 「蹴りがないので、頭とかもすごく下げられる。そういう選手に当てるのが難しかった。攻撃の武器も2つの拳だけになる。さらに顔面とボディーしか当てられないので、レベルが上がっていけば当てるのも難しい。それを痛感しながら、日々練習しています」

 ラウンド数も大きく異なる。キックは3~5ラウンド。

ボクシングは4~12ラウンド。次戦で初めて、10回戦に挑む。

 「辛いですね(笑)。だけど、やればやるだけ慣れてくるし、自然と体力もついてくる。ロードワークの距離もキック時代から変えていないです。効率良く。この年齢ですし、やりすぎると肉離れとかしちゃうので(笑)」

 キックでは団体を背負う看板選手として興行のメインも張った。だが、37歳のボクシングデビュー戦は、アンダーカードからの再出発となった。

 「自分の試合が終わっても、後の試合がいっぱいある、っていうのが新鮮でしたね。人より早く試合が終わって気が楽だなって(笑)。1つずつ勝っていけば、どんどん上にいける。ゼロから積み上げていく、という意味でも楽しいですね」

 元キック世界王者は、ボクシング転向後も驚異のスピードで階段を駆け上がった。

デビューからわずか1年1か月。アマチュアボクシング未経験者としては極めて異例のデビュー5戦目で、タイトル挑戦までこぎつけた。次戦は堂々たるメインイベンターだ。

 「加山(利治)会長にもお願いして、できるだけ多く試合をさせてもらった。本当にありがたいです。キック時代は年間5~6試合はマストで、4か月連続でやったことも。試合間隔が短い方が体重も増えないので、僕的にはいいですね。これでタイトルを獲れれば、ちゃんと強い選手として認められると思う。この年齢で挑戦しているというのもモチベーションになります」

 東洋太平洋王者・ナァツはデビュー9年目のベテランで、戦績は9勝(4KO)4敗2分け。ボクシングキャリアでは、4戦全勝(3KO)の緑川を大きく上回る難敵だ。

 「ナァツ選手はゴツいけど、上体も柔らかいし、テクニックもある。ちゃんと考えて戦える選手だなと思います。

でも自分は戦い方もぶらさずに、そのままで行きます。誰が相手だからこうしよう、とかはあんまりない。いつも通り、自分のスタイルをやるだけです」

 同じくキックからボクシングに転向した世界ランク1位・那須川天心(27)=帝拳=や前WBO世界バンタム級王者・武居由樹(29)=大橋=らの活躍も励みになっているという。

 「2人ともタイプは違いますが、やっぱりボクシングの適応は早いですよね。もともとの土台もあるが、適応して色々進化しているので結果を残せていると思う。彼らが活躍しているおかげで、キック出身ということで『どんなやつだ?』みたいに思ってもらえる部分もある。オッサンは乗っかろうと思いますね(笑)」

 長い格闘技キャリアを経た今、心には不思議な余裕がある。

 「30歳を超えたあたりから変わってきたんすけど、良くも悪くも自分がブレないように、と思うようになりました。勝った負けた、に固執してもしょうがないなと思っています。何歳まで、みたいなことも考えていません。目の前のことをおろそかにすると、基本的に何事も何も良くないなと思って」

 目標もブレることはない。確固たる思いで、リングに上がる。

 「まずはベルトを巻くことが最初の目標です。ボクシングを始めるきっかけにもなったことなので。そこを大事に思いながら仕上げていく。チャンピオンとして息子をリングに上げられたら、やろうとしていた最初の目標が達成できます」

 「最初の」と言うからには、もちろん東洋太平洋王座の先も見据えている。

 「アジア圏内のベルトを獲って、他のベルトも取れれば。やるからには、バケモンだらけの階級で、行けるとこまで行きたいですね。人生一度きりなので」

 38歳の挑戦。その拳には、ファイターの野心と父親の優しさの両方が宿っている。

 「応援してくださる方々のためにも絶対結果を残したいですね。そして『アラフォーの星』になって、周りに元気を与えられたり、共感してもらえたらうれしいですね」

 ◆緑川 創(みどりかわ・つくる)1986年12月13日、東京都生まれ。38歳。高校時代は野球部に所属。

高校3年の11月にキックボクシングを始め、新日本キックの中量級エースとして活躍。第8代新日本キックボクシング協会ウエルター級王座、WKBA世界スーパーウエルター級王座を獲得。キックの戦績は89戦57勝(25KO)20敗10分け2無効試合。23年2月のキック引退後、ボクシングに転向し24年10月にB級(6回戦)デビュー。身長171センチの右ボクサーファイター。

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 「EBISU K’s BOX」ジムの加山利治会長(53)は、キックボクサー時代から緑川を見てきた。ボクシング転向を相談された時も「全然賛成でしたね。いいと思うよ、絶対できるから、って話しました」という。

 「やっぱりベテランですよ。ボクシングとはもちろん違うが、キックボクシングで世界的にも有名な選手たちと試合をして大きな舞台も踏んできている。メンタル部分のキャリアもあるし、そういうのは強みですよね。試合でも冷静ですし、ディフェンスもしっかりしているし、危ない場面がない。これから技術的にどうこうより、今持っているものをどれぐらい出せるかということですね」

 緑川がタイトルを獲得すれば、同ジムとして男子では初の王者誕生となる。

 「最初から、最短でチャンスは作ってあげたいとは思っていました。相手が強いからやらない、という選手ではない。誰とでもチャンスがあるなら、タイトルマッチをやらせようとは思ってました」

 加山会長は、5度の防衛を果たした元日本ウエルター級王者。東洋太平洋同級王座、日本スーパーウエルター級王座にも挑戦した。

 「僕も戦っていたが、簡単に世界なんて言える階級ではない。ただ、僕のできる限りのことはサポートしてあげて、彼には自分の納得できるところまでやってもらえればと思います」

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