壇上に注がれる歓声と拍手は、ドラフト指名された選手たちに負けていなかった。

 11月26日、神田駿河台の明大リバティータワーで行われた東京六大学野球秋季リーグ戦優勝パレード後の祝勝会。

副将の瀬千皓(せ・ちひろ)外野手(4年=天理)は卓越したトーク術を披露し、最後まで場内を盛り上げた。

 終演後、自身の4年間を振り返り、言った。

 「本当に長かったですね。デビューが早かったというのもあるんですけど、その真ん中がすごくキツかった。2年生、3年生が一番しんどいシーズンだったんで、すごく長く感じました」

 奈良の強豪・天理では高校通算22発の強打者。同校1年秋の明治神宮大会では2本塁打を記録し、3年春のセンバツでは4番打者として4強に貢献した。

 鳴り物入りで明大の門をたたき、迎えた1年春のリーグ戦初戦・東大戦。「6番・右翼」でスタメン出場すると、初回の第1打席で左越えにホームランを放った。1年生の“開幕戦初打席弾”は東京六大学史上初の快挙だった。

 だが1年秋以降、本領発揮はならなかった。その理由をこう分析した。

 「最初うまくいきすぎて、そこからダメになって。

自分がやってきたことが正しいのか、明治の野球に合っているのか、いろいろ迷ってしまって。結局、自分の長所を消すような…小さくなってしまったので、それが良くなかったかなと思います」

 どんなに結果が出なくても、持ち前の明るさだけは失わなかった。試合に出られない悔しさ、ベンチに入れないつらさを胸にしまい込み、でっかい声を張り上げた。

□宗山主将の直談判…忘れられない一言

 どん底で苦しんでいた3年秋のことだ。瀬がベンチを外れそうになると、主将の宗山塁(現楽天)が田中武宏監督(ともに当時)に「瀬を入れてください」と直談判してくれた。宗山からはこう言われた。

 「お前はベンチに必要や」

 瀬の心に残る、忘れられない一言である。

 「その時から、僕は自分の結果がダメでも、チームを盛り上げることを続けなくちゃいけないと思ったんです。宗山さんにそう言ってもらっているのに、落ち込んだりしたら、期待を裏切ることになってしまう。だから最後までずっと、明るく声を出していこうと、そこで決めたんです」

 副将の重責を担い、迎えた大学最終年。春のリーグ戦では5試合に出場したが、5打数無安打。しかし、野球の神様はこの若者の奮闘を、どこかで見ていたに違いない。

 ラストシーズンの今秋、慶大2回戦。1-1で迎えた7回2死、代打で登場。勝ち越しのソロを左翼席にたたき込んだ。華々しいデビューから実に1260日ぶりの一発だった。雄々しくダイヤモンドを一周すると、腹の底から大きな声で、叫んだ。

 「もう何回も、心が折れそうな時があったんですけど…頑張れたのは、今井のおかげなんですよ」

□「俺たちが静かになってちゃダメ」励まし合った瀬と今井

 同学年の今井英寿(4年=松商学園)。今井もまた、2年春の早大1回戦で「6番・右翼」でスタメン出場し、リーグ戦初アーチを含む5打数4安打4打点と大暴れしながら、その後は出場機会に恵まれず、雌伏の時が長かった。

 それでも二人で「絶対諦めるな」と励まし合った。ともにベンチ入りを逃したとしても、試合前の決起集会では盛り上げ役に徹した。

 今井は回想した。

 「途中で野球が嫌になるぐらい、思うようにいかなくて。でもそういう時に、千皓がいた。

そのおかげで、大学野球を辞めずにやり切ることができたんです。ベンチ入りを外れて、すごく悔しかったんですけど、俺たちが静かになってちゃダメだって。カラ元気でもチームを盛り上げようと、やってきた仲間なんで」

 今井はこの秋の法大1回戦、3-3の同点で迎えた7回2死三塁、右越えに決勝の2ランをかっ飛ばした。ベンチでは我が事のように喜ぶ瀬の姿があった。

□逆境でも笑顔…真の「強さ」

 瀬と今井は卒業後も、社会人で野球を継続する。

 瀬が「野球をやるからには、プロ野球を目指したい」と言えば、今井も「自分の長所の肩を生かして、外野手で勝負したい。走攻守すべてでレベルを上げて、本塁打を打てるような選手になりたい」と夢を描いた。

 思い通りの4年間じゃなかったからこそ、学べたことがある。逆境でも笑顔で立ち向かえることこそ、真の「強さ」に他ならない。そんな背中を後輩たちは、しっかりと見ていた。

 紫紺の軍団に確かな「置き土産」を残して、二人は新たなステージへと向かう。涙と汗を流した分だけ、新天地でも必要な人材となるに違いない。

(編集委員・加藤弘士)

編集部おすすめ