俳優の寛一郎(29)が公開中の映画「そこにきみはいて」(竹馬靖具監督)で自身の「節目」を迎えている。他者に対して恋愛感情を抱くことも性的な欲求を抱くこともない“アロマンティック・アセクシャル”の香里(福地桃子)と特別な絆を結ぶ健流(たける)を演じた。

「この仕事が生きがい、生きる理由」と語る寛一郎の今、父・佐藤浩市(65)との関係の変化、そして、夢…を聞いた。

 大きな花が咲くような笑顔が魅力的だ。そう伝え、自身はどんな人間だと思うかと聞けば、「なんだろう、難しいなあ」とひと伸び。「えーなんか、嫌みっぽいですし、生意気っぽいですし…でもすごいピュアな人間なので…だから、笑顔が魅力的なんじゃないかなと思います」と破顔した。

 故・三國連太郎さん(享年90)の孫で、俳優・佐藤浩市の息子として、2017年に俳優デビューを発表してから8年。NHK大河ドラマ「べらぼう~蔦重栄華乃夢噺~」への出演をはじめ、活躍がめざましい。

 なぜ、役者になったのか。今、改めて尋ねると、「一つ確かなことは、父親が俳優であった、おじいちゃんが俳優であったからでしかない」と答えが返る。「それが、別に悪いことでもないなって最近思い始めてきた。恥ずかしいと思ってた時期もあるんですけど、大人になったからか、それが割と当然というか。なんか自然な形ではあった気がするんです」

 父・佐藤とは「似ちゃうんです」という。幼い頃から見てきた父の出演作品だが、俳優になってからは「父の芝居が見られなくて」と語る。

その先に続く訳は寛一郎にしか紡げない言葉だった。「自分は父親の芝居を、間とか含め全部コピーできるんですよ。多分同じセリフを渡されて、『お父さんならどうやってお芝居をやると思いますか』って聞かれたら、100%正解を叩き出せる自信がある。彼がどういうメソッドで、どういうセリフの言い方で、これをやろうとしてるのかっていうのが分かってしまう。だから、この仕事をやり始めてから、親父の芝居が全然面白くない。それで、俺はここから変えないと、自分自身で変えなきゃと思ってやってきたというのはあるかもしれないです」

 その中で本作は、俳優・寛一郎にとっての「節目」であった。約2年前の撮影時は、「悩んでいる時期だった」と振り返る。「これまで自分の中でためていたメモリーをすべてアウトプットし切って、ためていたものを出し尽くした時に、『ああ、俺あんま才能ないな』と気づいたタイミングでした。役の健流とはちょっと意味合いが違いますけど、社会との軋轢(あつれき)とか、自分と周りとの軋轢というか…うん、孤独。そういうものを抱えて、そういう感覚が強い時期だったんです」

 本作は原案と出演を務める映画作家にして詩人である中川龍太郎さんのパーソナルな思い、実体験である「親友の自死」を起源とした作品。二十歳のころから交流があったという中川さんとの作品に「これはやらなきゃいけないんだろうと、自分の中で思いました」。縁を感じる作品となった。

 劇中、「LGBTQ」の「Q(クィア=既存の性カテゴリーに当てはまらない人々の総称)」である健流は自死を選ぶ。健流の死の理由は誰にも分からず、劇中の人々もその理由を探す旅をしている。寛一郎自身も健流が歩んだ道と真摯(しんし)に向き合った。「監督ともずっと話していたんですが、僕らは当事者ではないわけで。現に生きてるわけだし。だから、結局どんだけ想像しても、残された側の気持ちしかわからない。でも、健流と向き合う中で、これは決して自死を肯定する訳ではないんですけど…彼にとっての最善の策というか、彼が幸せになるために、それが一番だったのかもしれないという思いも芽生えてきた」

 企画・プロデュースを務めた菊地陽介氏は香里と健流には、それぞれに固有の「名付けようのない感情」があり、「その感情が必要な人に届けるために、この映画を製作しました」とコメントを発表している。「(劇中で)広い海を見たときに、彼の中でひとつの解放というか、『ああ、やりきったよね』って、『もう楽になってもいいのかな』っていうそんな思いがあったのかもしれない。結局事象としてはすごく批判的なものだけど、それが必ずしも全部ネガティブなものではないような気がしています」

 この作品を通して「芝居の仕方」が変わった。「これまでは『役と自分は別ですから』って言ってた方が楽だったんですが、自分の持ってる特性をもっと出していってもいいのかなと思いました。この作品の前までは、脚本に書かれた中の役っていう、ある種籠に閉じ込めてたんですけど、もう少し、一歩外に出たものを表現していきたいなという思いが強くなりました」

 役者になり、これまで、父・佐藤から「役をもっと大事にしろ」など助言をもらうことも多かった。だが今はもうあまり自身から相談することはなくなったという。

「話はこれまでにすごくたくさん聞けたんです。それで今、すっごい失礼な言い方をすると、親父からどういう答えが返ってくるかも分かってしまうという…さみしさもありますね」

 以前は「倒さなければいけない相手」と称したこともある父との関係の変化を感じている。「今、何周か回って、ちょっと父親との関係が微妙な時期もしれないです。嫌いなわけではなくて、向こう(佐藤)はもう65(歳)ですし、仲良くしたい感じがすごく伝わってくるんですけど。『え、そういう感じだったっけ?』と、俺はちょっとなんか気持ち悪いなと思いながら父親に接するみたいな(笑)反抗期とも違いますけど、なんか微妙な時期ですね。親父とは、楽しい喧嘩(けんか)をしていたいですけどね」

 自身は来年、30歳となる。「この仕事が生きがい、生きる理由」と飾らずに話す寛一郎の夢は何か。「大きい花火を上げたいんです。見たことない花火を作り出せる人間になれたら、と思います」。瞳の中には輝きが見えた。安易な表現を使えば、「スター」になる男の言葉だった。(瀬戸 花音)

 ◆寛一郎(かんいちろう)本名・佐藤寛一郎。

1996年8月16日、東京都生まれ。29歳。父は佐藤浩市、母は俳優座に所属していた元女優の広田亜矢子。高校卒業後、米ロサンゼルスに短期留学。17年にデビュー後、同年に出演した映画「ナミヤ雑貨店の奇蹟」で第27回日本映画批評家大賞の新人男優賞を受賞。18年に公開された「菊とギロチン」では多数の新人賞を受賞。映画「ラストマン―FIRST LOVE―」が24日公開ほか、来年には「たしかにあった幻」(河瀬直美監督)が公開予定。

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