【大島幸久の伝統芸能】市川中車が心に秘める強烈な意志　主役の脇をしっかり固め独自の存在感
「丸橋忠弥」の市川中車（右）と尾上松緑（Ｃ）松竹 画像（1枚）

◆歌舞伎座「十二月大歌舞伎」（２６日千秋楽）

　市川中車の今月は３演目すべて初役を勤め、独自の存在感。初舞台の襲名から１３年目。

相手の主役と正面から向き合い歌舞伎の役者名がすっかり板についた。

　最初の出番は「丸橋忠弥」の第１幕・城外堀端の場。由井正雪らの慶安の変に加担した忠弥と、知恵伊豆と称された老中松平伊豆守が対峙（たいじ）する。尾上松緑が忠弥、中車が伊豆守。

　酔態の忠弥に蛇の目傘を差しかける場面が見どころ。そして「ああ、こりゃ待て待て」と忠弥が走り去る間際に言う。２人の立ち位置、せりふの間（ま）が絶妙のあんばい。緊張感が生まれた。

　中村獅童が主役魚屋政五郎の「芝浜革財布」は大工勘太郎。老中から一転、長屋に暮らす下町の江戸っ子庶民だ。酒宴の中、女房自慢の末に大喧嘩（げんか）になり「ちゃんちゃらおかしいわ」と早口のべらんめえ口調で取っ組み合い。獅童とイキイキ騒いで、いい組み合わせだった。

　最後は坂東玉三郎の主演「火の鳥」。「永遠の命を手に入れたい」と病床で語る老いた大王。永遠とは形あるものではなく己の魂だと鋭く説く火の鳥の玉三郎と向き合う。受け手の中車に深い悩みが見えた。

　脇役が芝居を作ると言われるが、中車は松緑、獅童、玉三郎の脇をしっかり固め、自らの役も作った。ところで中車の独自の存在感とは。どの役にも通底する強烈な意志が込められている、と思えるのだ。今年還暦の６０歳。歌舞伎への転身は４６歳の時だった。私的にはそろそろテレビでの香川照之も見たいな。（演劇ジャーナリスト）

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