日本プロサッカー選手会(JPFA)トライアウトが17日、大阪府内で行われた。Jリーガー31人が7対7のミニゲームと、11対11の紅白戦を20分3セットで行った。
樋口は紅白戦に、3セット連続で出場した。センターバックとサイドバックを柔軟にプレーしてアピール。持ち味のロングボールを前線の選手の足元に届け、対人守備でも力を発揮した。
町田の下部組織で育ち、2022年にトップ昇格。JFL・沖縄SVへの期限付き移籍も経験して力を付けたが、今季で契約満了となった。サッカー人生の大部分をつくってきた町田での日々。感謝の思いは「このトライアウトに集中できないぐらい、ファン・サポーターの皆様から本当に温かい言葉いただいて。自分で言うのも変ですけど、やっぱり愛されてなって思う反面、それに応えられなかったのは、すごい悔しいところ。町田に入れた感謝は、自分のプレー、活躍で伝えていくものだと思っている」と、この日も胸に宿してピッチで躍動した。
町田でのリーグ戦出場はJ2時代に1試合のみ。悔しい思いももちろんあるが「本当に町田の先輩方は僕を強くしてくれた。
この日を迎える前にも、心に突き刺さった瞬間があったという。ある日、現在リハビリに励むDF菊池流帆とサウナへ向かった。菊池はJ1通算100試合出場を超え、昨季までは神戸でタイトル獲得にも貢献したDF。そこで言われたのは「お前は笑顔と元気でつかみ取ってこい。すかすな。はっちゃけて、試合中に声を出して、みんなで『やろうぜ、いこうぜ』って。そう言っていたら運が来るから」。菊池が負傷する前から「何が違うんだろう、何が(菊池を)あそこまで輝かせるのだろう」と考えていた樋口は「もちろん特徴や技術があって、うまくて、強くて。みんなが見るところだと思うんですけど、その言葉が僕は結構ずっしり来た」と受けた言葉からにじんだ信条に、ヒントを得た。
22歳という若さだ。吉報を待ちながら「カテゴリーなどは気にせず、自分が与えられた場所で咲くのが僕の義務。そこにこだわりたい」と、選手としての成長を思い描いた。
チームが初のタイトルを獲得し「本当に悔しかったし、苦しかった」と振り返る今季。ただ、やっぱり「サッカーから目をそらさずにやりきれたのは皆さんのおかげ。4年間みんなが支えてくれなかったら、腐ってサッカーをやめていたと思う。その経験を生かして初めて、みんなと輪になれる。生かすまでが勝負だと思っています」と感謝が勝つ。下部組織時代を含め、愛する町田で育った10年間。何にも代えがたい武器を携え、自分で道を切り開いていく。

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