落語家の林家たい平が29日、スポーツ報知の取材に応じ、24日に老衰のため92歳で死去した落語家の初代林家三平さんの妻でエッセイストの海老名香葉子(えびな・かよこ)さんを悼んだ。

 たい平は、初代三平さんの弟子であるこん平さんの弟子。

初代・三平さんの孫弟子として海老名家で計6年半、住み込みで修業していたたい平を優しく励まし続けたのが「おかみさん」である海老名さんだった。

 24日に死去していたことは知らず、訃報(ふほう)はニュースで知ったという。「まだ信じられず、実感がわいていないというのが正直な気持ちです」と率直な思いを明かす。

 1987年、こん平に弟子入りが認められる前の見習い時代の1年間は、海老名さんと共に過ごす時間が多かった。「全国各地、おかみさんの講演会のお供について行って、たくさんのことを教えてもらい、励ましてもらっていた」という。また、厳しい修業時代に心が折れてしまいそうになり、たい平が海老名家の屋上にいると、海老名さんがやって来てギュッと抱きしめられ、「あなたは大丈夫だから頑張りなさい」と諭されたこともあったそうで「おかみさんがいなかったら、ここまで落語家として頑張れていなかったという思いが強くあります」と振り返った。

 たい平が家を巣立った後も、よく海老名さんからは「釘(くぎ)を1本打って」などと、ささいな用事で電話がかかってきたという。たい平が「おかみさん、それ他の人でも出来ると思いますよ」というと、「いや、たい平じゃないとできないから」と言葉が返ってきたといい、「それがうれしかった」。

 最後に会ったのは今年の夏の終わりごろ。少し前に「部屋の蛍光灯が暗くなちゃった」と話していたことを思い出し、「交換するのは自分の仕事だな」と蛍光灯を持って行き交換した。「『明るくなって、本も読みやすくなったわ』なんて言ってくれて。いろんな思い出を話して、最後に手をぎゅっと握って『また来ますね』と言いました」

 修業時代の母のような存在だった海老名さんに今、「おかみさんの優しさで、今僕は林家たい平として、落語家として頑張れています。

ありがとうございました」と感謝の言葉を伝える。「これからもずーっと、きっと今まで以上に見守ってくれていると思う。だから、僕も頑張らないとと思います」。海老名さんが人々に注いできた愛はこれからも生き続ける。

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