日本ハムから国内フリーエージェント(FA)権を行使して巨人入りした松本剛外野手(32)が、スポーツ報知の新春インタビューに応じた。阿部監督の構想にある「1番・中堅」、次世代のリーダー、自身初の全試合出場への覚悟などを激白。

生粋のG党だった幼少期の思い出、「ディズニーランド」と表現した本拠地・東京Dの印象まで語り尽くした。(取材・構成=堀内 啓太)

 松本剛は新天地で「挑戦」する道を選んだ。いよいよ始まる2026年。阿部監督の頭には「1番・中堅」を託す構想がある。

 「2025年はふがいない成績でしたけど(移籍時に)電話で『力になってほしい』と言っていただいてすごくうれしかったです。1番・センターにふさわしい人間にならないといけないと思います」

 首位打者に輝いた22年は打順別最多30試合で起用された1番出場時に同3割9分をマーク。23、24年は開幕1番を経験している。

 「1番はチームを勢いづける打席を過ごさないといけない。簡単にアウトになってはいけない、簡単に追い込まれて三振してもいけない。すごく難しい打順だと感じます。センターとしての経験値はあると思っていますし、両翼には柔軟なポジショニングを指示できたらなと。データを頭に入れながら打者の反応を見て動かすところは動かす。

そこは思い切ってコミュニケーションを取れるセンターになりたいです。センターラインがブレないチームはすごく強いので」

 目標の一つに掲げたのが15年目で初の全試合出場。

 「打線から外せないゲームプレーヤーになりたいというのがずっとあって。打つ以外でも、守備、走塁、つなぎ。たとえ調子が悪くても『コイツは仕事をしてくれるから外せない』とならないといけないなと」

 日本ハム時代は新庄監督の下でも4年間プレー。予測できない起用法や多彩な戦術を用いるチームで、磨かれた感性もある。

 「新庄さんは打順、ポジションを日々替えるので『監督は今何を考えてるんだろう。その意図は何だろう』とすごく考える習慣がついて。昨日打った選手を下げて今日この選手を使う理由だとか。それをすることで、監督の意図が少なからず読めるようになりました。ベンチでも『ここ何か動きありそうだね』と自然に会話が出るようになった。先読みできる人間が増えれば、細かいサインも一発で決まるようになるなと。

巨人でも監督の意図を読み取れる選手になりたい」

 プロ入りから下積みが長く、当時主力だった同期の近藤(ソフトバンク)、大谷(ドジャース)らの実力も間近で見てきた。だからこそ状況に応じて柔軟にプレーできる選手になれた。

 「特別打球を飛ばすわけでも特別肩が強いわけでもない中で、僕は外野をやっている。一発でゲームの流れを変える能力がないと思った時に『何をしたらこの世界で生き残っていけるか』をすごく考えるようになって、今もそこに向上心があります。他と同じとこを走っていても無理、ポテンシャルでは勝てないと思う選手がいっぱいいたので」

 統率力もあり25年まで3季連続で選手会長。33歳となるシーズンで坂本、丸に次ぐ野手陣の新たなリーダーとしても期待される。

 「すごく光栄です。ただ、そこは変に気負う必要はないなと。普通にやる中で評価してもらえていた部分だと思うので、練習態度、試合中の雰囲気含めて今まで通りで。まず僕自身が信頼されないと、いくら言ったところで響かない。信頼される人間になりたいです」

 入団会見で明かしたように、幼少期は熱烈なG党で東京Dに通い詰めていた。

 「一塁側の内野や2階席、いろいろなとこから見てました。

当時は新聞配達員のおじちゃんから観戦チケットをもらえて。集金のタイミングは絶対に僕が出て『おじちゃん、チケットちょうだい!』と。それが理由で親には『読売新聞を取って』と言ってました(笑)」

 松本少年にとっての巨人は常勝軍団。その思いは今も変わっていない。

 「あの時は負けるイメージがなくて、常に強かった。プロに入った後も巨人の結果だけは気になるというか、勝敗が目に入って。『ジャイアンツはやっぱり常勝軍団で、強くいてほしい』。一ファンとして心のどこかで思っていましたね」

 過去プレーした全球場の中で最も思い入れがあるのが東京D。20年以上前の記憶は色濃く残っている。

 「(埼玉から)毎回一人で東京Dに行ってましたね。迷子にならないように、母から『車両の一番後ろに乗りなさい』と言われて、東京で働いていた父と駅のホームで待ち合わせして。一人ジャイアンツのリュック背負って帽子かぶって、松井(秀喜)さんのユニホーム着て。

車両で目立ってました(笑)。プロに入ってからもドームに行くと無意識ですごくテンションが上がります。それだけ小さい時の記憶が強いですし、間違いなく一番思い出深いです」

 その東京Dを今季から本拠地とし、年間60試合以上を戦っていく。

 「当時はテーマパーク、ディズニーランドに行くみたいな気持ちで行ってましたから。今でもそれは変わらないと思います。だからこそスタメンで出たら、すごく気持ちいいだろうなと。結果を残して日本一に貢献したいと思います」

◆取材後記 インタビューの最後、松本剛は2026年の一文字に「燃」を選んだ。25年はけがもあり、4年ぶりに出場100試合以下となる66試合で打率1割8分8厘。ベンチを温める日が増え、2軍落ちも経験。人知れず複雑な思いと葛藤していた。

 「試合に出られない、活躍できない悔しさはものすごく強かった。でも途中、僕も分からないけど、あまりガッと燃えることができてない自分もいて…。

若い時は『今年やらなかったらクビになってしまう』とすごく思っていた。もう一度、どんな時も燃えていたいなって。本当に死に物狂いで、必死にがむしゃらに結果を出しにいく。心も体も燃やす。それでチームを一緒に燃やせたら一番」

 12月のG球場。換気扇の音だけが響く屋内で、朝9時からいつもバットを振り込んでいたのがこの男だった。心の炎は、早くも燃え盛っている。

 ◆松本 剛(まつもと・ごう)1993年8月11日、埼玉・川口市生まれ。32歳。帝京高から2011年ドラフト2位で日本ハム入団。22年に右打者で球団初の首位打者に輝きベストナイン受賞。通算773試合、608安打、打率2割6分5厘、14本塁打、157打点。

180センチ、84キロ。右投右打。背番号9。

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