第104回全国高校サッカー選手権 2回戦 日大藤沢(神奈川)2―0岡山学芸館(岡山)(31日、U等々力ほか)
2回戦16試合が行われ、元日本代表MFでJ1川崎で活躍した中村憲剛氏(45)の長男、MF中村龍剛(りゅうご、2年)が所属する日大藤沢は岡山学芸館を2―0で破り、16強入りを果たした。父が現役時代に着けた「14」を背負いボランチで先発出場。
思い出の地で、憧れの父の番号を背負った龍剛が、全国初勝利を手にした。初戦の舞台は憲剛氏が現役時代に本拠地とした等々力。観客の入場ゲートには父をモチーフにした銅像が飾られている。心が躍った。「入場する前から観客の人数もすごい多かった。最高の舞台でやらせてくれてありがたい。大きな経験になった」。特別な場所で過ごした夢のような時間を笑顔でかみしめた。
等々力のピッチでプレーするのは今回で4度目。
県大会では背番号7を着けたが、全国では憲剛氏が現役時代に背負った「14」に変更。県大会後に打診された際には、「父を超えたい。ぜひ着けさせてほしい」と佐藤輝勝監督(47)に直訴した。指揮官も「7番から2倍成長してほしい。かけ算のように成長してくれれば」と託した。
背番号変更の際には父にも相談した。父も「自分らしくやってくれればいい。
次戦、2日の聖和学園戦の試合会場も等々力だ。この日はパスだけでなく3本のシュートを放ったが決まらず、「まだまだ、全然下手くそ」と満足していない。「もっと自分がゲームを決めたい。シュートや体を投げ出す部分で、自分が勝負を決定づけられるようにしたい」。東京・久留米高での3年間、父は全国の舞台を踏むことができなかった。父の思いを背負いながら、龍剛が夢の舞台でさらなる成長を遂げる。(浅岡 諒祐)
ピッチ外の“ファインプレー”で「日大藤沢サッカー部」が有名に
24年1月2日、「日大藤沢サッカー部」の名が、一躍有名になった。
23年度大会の12月31日にチームは2回戦敗退となったが、24年1月1日の能登半島地震発生で「何かできることがあるのでは?」と選手主導で動き、翌2日に試合があった石川代表・星稜の応援を学校側に提案。地元応援団が会場入りできなかった星稜に声援を届けるべく、試合会場の千葉・柏市に駆けつけた。
選手たちは星稜のユニホームに見立てた神奈川・茅ヶ崎市のゴミ袋を頭から被り、スタンドから声援を送った。実家に帰省していた佐藤監督も急きょ駆けつけ「選手主導っていうのがいい」と選手の行動力に感心していた。あれから2年。行動力で多くの人の心を揺さぶった日大藤沢が、今度はプレーでも人々を魅了している。(岡島 智哉)
〇…日大藤沢の184センチ長身エース、有川が2得点で勝利に導いた。後半15分、自ら獲得したPKを冷静に決めて先制。同34分には左のCKから貴重な追加点を頭で沈めた。前半に決定機を外しハーフタイムに指揮官から「王様を気取るな」と尻をたたかれ発奮。「そういうのを決めないと得点王にはなれない。

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