◆新日本プロレス「WRESTLE KINGDOM 20 in 東京ドーム 棚橋弘至引退」(4日、東京ドーム)

 柔道の東京五輪100キロ級金メダリストで新日本プロレスのウルフアロンが4日、東京ドームでプロレスデビューする。

 デビュー戦でウルフは、NEVER無差別級王者で「H.O.T」EVILの王座に挑む。

 日本人五輪金メダリストのプロレス転向は史上初。この超大物のデビューで新日本プロレスは、自団体はもちろん、プロレス業界全体の活性化をもくろむ。

 そのため、デビューまで過去の「黒歴史」を教訓とした育成方法と「ウルフアロン」の知名度を存分に生かし、プロレスファン以外へ「プロレス」をPRする両輪を取り組んできた。

 ウルフは、東海大時代に深夜中継されているテレビ朝日系「ワールドプロレスリング」でプロレスの魅力に触れ「柔道をやり尽くしたらいつかプロレスラーになりたい」と志した。

 パリ五輪後に新日本プロレスの永田裕志のYou Tubeチャンネルへ出演した際に永田にプロレスへ転向したい思いを打ち明けた。永田が新日本プロレス上層部へウルフの熱意を報告し社内で協議。ウルフ本人が棚橋弘至社長らと面会し獲得に至った。

 獲得する際に棚橋社長が最も重視したことが「プロレスへの理解」だった。昨年6月の入団会見で棚橋は明かしている。

 「ウルフ選手本人から、入団の強い希望をいただきました。ご本人のプロレスへの本気の熱意と誠実な態度を見まして、新日本プロレスとしても歓迎しますとお伝えしました」

 強調したのはプロレスへの「本気」と「熱意」だった。背景には過去の「黒歴史」がある。

 今年で旗揚げ54年を迎える国内で最古のメジャー団体新日本プロレス。過去にミュンヘン五輪レスリング代表の長州力、幻となったモスクワ五輪レスリング代表の谷津嘉章、大相撲の元横綱・双羽黒の北尾光司、バルセロナ五輪柔道銀メダルの小川直也ら他の競技からの大物選手を獲得し入団あるいは、試合出場契約を結んできた。

 他団体では全日本プロレスが64年東京五輪柔道金メダルのアントン・ヘーシンク(オランダ)、大相撲で前頭筆頭まで昇った天龍源一郎、横綱・輪島の輪島大士ら超大物がプロレスラーへ転向した。

 こうした超大物を獲得する最大の理由は、興行のテコ入れ。つまりは、さらなる人気拡大が狙いで、これは過去もウルフも同じだろう。

 ただ、長州、天龍、谷津をのぞくと、プロレスラーとしては大成することはなかった。北尾は90年2月10日に東京ドームでクラッシャー・バンバン・ビガロと華々しくデビューしたが当時の現場監督だった長州と対立しこの年の夏には新日本を去り他団体へ移籍した。

 小川は97年4月12日に東京ドームで橋本真也との異種格闘技戦でデビューしたが、新日本プロレスのスタイルに順応できなかった。後ろ盾になっていたアントニオ猪木の方針もあり猪木が98年に設立した「UFO」所属となり橋本真也との抗争で話題を集めたが、橋本以外の選手とは、試合は、かみ合わなかった。さらにリング外では、マスコミがいる中、明大柔道部の先輩にあたる坂口征二社長に暴行を働き、後に坂口に「俺がこの世界で唯一失敗したのは小川を入れたことだった」と明かすほどだった。一方、その後、参戦した総合格闘技では、その知名度を生かし人気を集めた。

 ヘーシンクは、73年11月24日に蔵前国技館でのジャイアント馬場と組みブルーノ・サンマルチノ、カリプス・ハリケーンとのタッグマッチでデビューしたが、78年2月5日のジャンボ鶴田戦を最後にリングを去った。

 86年4月に全日本プロレスに入団した輪島は、同年11月1日、ふるさとの石川・七尾での国内デビュー戦でタイガー・ジェット・シンと対戦。両者反則の大乱戦でプロレスラーとして新たな姿を見せたが、88年12月27日に引退試合を行うこともなくひっそりとマット界を去った。

 超大物たちは、一時的な話題を広く世間に提供してきたが、業界全体を活性化させる存在にはならなかった。それはプロレス業界にも責任があった。過去のプロレス界は、こうした他ジャンルの超大物が転向した際、特別待遇を与えてきたからだ。具体的には練習環境だ。

 北尾は、デビュー前に渡米し鉄人と呼ばれたレジェンドのルー・テーズの指導を受けさせた。小川は、猪木が指導を担当し「闘魂」伝授をファンにアピールした。輪島も入団発表直後に渡米し、馬場と交流がある往年の名レスラーに指導を受けさせた。

 こうした破格の練習環境は、プロレスの基礎を学ぶ目的もあるが、プロモーションとしての意味合いが強かった。テーズ、猪木らが指導することがマスコミの話題となり、デビュー戦へのPRにつながった。

 一方で団体の道場、試合前のリングで所属選手が取り組む合同練習には、ほとんど参加しなかった。

輪島は、合同練習には参加していたが徐々に姿を見せなくなりテレビ解説で馬場が「練習してません」と嘆くほどだった。

 合同練習に参加せず特別な環境を与えられたことで選手は、自然と他のレスラーと「別格」と思い込んでしまう。一方でどんな競技でも同じように練習を怠れば技術も実力も上がらないことは当然。合同練習への不参加でプロレスの技術は一向に進歩せず、デビュー当初は話題となり興行のテコ入れとなった超大物たちは、いわゆる「しょっぱい」試合を連続しファンの期待を裏切り、リングを去っていった。

 だからこそ、棚橋は入団会見で言った。

 「入団したからには業界を担う選手になっていただけると期待しています。そのために、これからしっかりプロレスの練習を積んでもらいます」

 過去の黒歴史を教訓にウルフには、練習生と同じように世田谷区の野毛道場での合同練習への参加を厳命。プロレスを真剣に学ぶ意志を持つウルフも当然のように納得し、ヒンズースクワット500回などプロレス伝統の基礎トレーニング、過酷な受け身の特訓、スパーリングに取り組んできた。そこに過去の超大物たちが行ってきた「プロモーション」としての練習はなかった。他の練習生と同じようにすべては、技術と実力を磨くための密室での特訓だった。

 さらに試合会場にも帯同させ、リング設営、セコンドの雑用も課し、「練習」などの面での特別待遇を廃した。

 ウルフのデビューまでの練習は、他ジャンルから転向した超大物の中では、初めての環境だったと言える。

新日本プロレスには半世紀以上も数々の名レスラーを育成しスターにしてきたノウハウがある。世界のプロレス界でも育成システムは屈指。ウルフの育成は、新日本プロレスの歴史の粋。それは、デビュー後も続いていく。

 一方で柔道時代から行ってきたリング外の活動は認めた。巧みな話術でテレビ関係者から評価が高く好感度があるウルフは、10月にはTBSラジオでレギュラー番組を持つなど、各メディアに出演し、自身はもちろん「新日本プロレス」と「プロレス」を世間にアピールしてきた。

 特別待遇なしの「育成」と知名度を生かした「PR」。何よりウルフには柔道金メダルを獲得した唯一無二の「実力」と過去の超大物とは違う破格の「プロレス愛」がある。最大の強みを生かすべく新日本プロレスがあらゆる知恵を結集した1・4のデビュー。ただ、試合は甘くない。最善の準備を整え、観客に感動と興奮を与える場合もあれば、一瞬でファンがそっぽを向く危険もある。

 いわばバクチだ。

 現在、プロレス界は、各団体が観客動員で苦境が続いている。ましてや長年に渡りマット界を支えてきた棚橋が引退する。業界全体が地盤沈下する危機がある。ウルフのデビューは、そんな逆境を打破する願いを新日本プロレスだけでなく業界全体が待ち望んでいる。

 他ジャンルでトップだった長州、天龍は、プロレスラーとして大成しファンの信頼と人気を獲得した。現在もマット界の歴史に残るレジェンドとして語り継がれている。

 長州も天龍も転向から数年は、競技ではなく観客を呼び寄せ、会場を沸かせるプロレスのシステムに悩み壁に当たってきた。それでも長州で例えれば、藤波辰爾との抗争で目覚めプロレスへ「本気」となりトップを極めた。

 ウルフのデビュー戦を前にレジェンドの藤波辰爾は言った。

 「勝ち負けじゃない。彼がプロレスラーとして生きる覚悟を見たい。その本気を出せばファンは納得する」

 プロレスの運命をかけたゴングが鳴る。

 (敬称略。福留 崇広)

 ◆ウルフアロンの新日本プロレス入団からの経過

 ▼2025年6月10日 都内での会見で柔道界引退を表明。

 ▼6月23日 新日本プロレス入団を発表。デビュー戦が26年1・4東京ドームに決まる。

 ▼6月29日 新日本プロレス愛知県体育館大会で初めてリング上でマイクを持ちあいさつ。緊張からマットを「このセルリアンブルーのマットレス」と発言。

 ▼7月25日 大田区総合体育館大会でセコンドデビュー。以後、随時、大会でセコンド、リング設営などの雑用を行う。

 ▼8月26日 ベルーナドームでの埼玉西武ライオンズ対北海道日本ハムファイターズ戦でセレモニアルピッチに登場。

 ▼9月30日 新宿区の歌舞伎町シネシティ広場で棚橋弘至と公開会見。

 ▼10月5日 TBSラジオでパーソナリティーを務める「目覚めのウルフ」(日曜・午前7時)がスタート。

 ▼10月13日 両国国技館大会でEVIL率いる「H.O.T」の暴挙に激高し乱入。デビュー戦でEVILとの対戦を要求。

 ▼10月14日 デビュー戦でEVILとの対戦が決定。

 ▼11月2日 岐阜メモリアルセンター で愛ドーム大会でEVIL率いる「H.O.T」の暴挙に激高。リングに乱入しEVILを払い腰でマットに叩きつける。

 ▼11月4日 都内でEVILと同席し会見。席上、EVILが持つNEVER無差別級王座への挑戦を要求され受諾。デビュー戦でいきなりタイトル挑戦が決まる。

 ▼11月8日 愛知・安城市の東祥アリーナ安城大会でのNEVER無差別級6人タッグ王座戦でEVILのイス攻撃を受けそうになったマスター・ワトに覆いかぶさり防ぐも自身が背中にイス攻撃を受ける洗礼を浴びた。

 

 ▼12月17日 世田谷区の野毛道場で棚橋弘至と公開練習。

 ▼12月22日 後楽園ホール大会でEVILに拉致され、バックステージで踏みにじられる屈辱。

 ▼2026年1月3日 都内での大会前日会見でEVILに暴行される。

 ◆ウルフアロン 1996年2月24日、東京・葛飾区生まれ。29歳。6歳から春日柔道クラブで競技を始め、東海大浦安高2年時に高校3冠。東海大を経て、18年4月から了徳寺大職、23年4年からパーク24所属。世界選手権は17年初優勝。19年3位。左組み。得意技は大内刈り、内股。昨年6月に新日本プロレス入団。身長181センチ。家族は両親と兄、弟。父・ジェームズさんは米国出身。

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