前ロッテで巨人、レッドソックスでもプレーした沢村拓一投手(37)が現役引退を決断したことが8日、分かった。昨季は1軍で20登板。

シーズン終了後の10月9日に退団が発表されて自由契約になっていた。中大から2010年ドラフト1位で巨人に入団。NPBとメジャーで計15年間、150キロ台後半の速球主体に全力投球を貫いてきた。日米通算549登板の剛腕が第二の人生に歩み出す。

 男の決断だ。日米で活躍した沢村が現役引退することが分かった。15年間のプロ野球生活にスパッとピリオドを打つ。スポーツ報知の取材に「野球選手はなりたいと思ってなれる職業じゃないですし、やり続けたいと思ってやり続けられる世界じゃない。だからこそ自分なりに誇りと責任を持ってやってきましたが、マウンドに別れを告げる時が来ました」と明かした。

 中大から10年ドラフト1位で憧れの巨人のユニホームに袖を通した。プロ1年目の11年は11勝11敗、200イニング、防御率2・03で新人王。セ・リーグでは江夏豊以来44年ぶりの「新人200イニング」の快挙だった。

 12年は10勝でリーグ優勝を経験。巨人では堀内恒夫以来45年ぶりの新人から2年連続2ケタ勝利だった。中日とのCS最終S(東京D)では3連敗の崖っぷちで迎えた第4戦で快投し、お立ち台で「明日も勝つ!」と絶叫。チームは3連勝で逆転日本シリーズ進出を果たし、日本一をつかんだ。

 リリーフに本格転向した15年は60登板36セーブ、防御率1・32。翌16年は63登板37セーブで最多セーブのタイトルを獲得した。この年はシーズン中に右足の足底腱膜(そくていけんまく)断裂の重傷を負い、医師から最悪歩行困難の可能性もあると手術を勧められたが、守護神を任された使命感から保存療法で投げ続けると決意。公表も離脱もせず激痛に耐えて役割を果たした。

 19年は先発に再挑戦。2月の那覇キャンプ中に原監督から「リリーフでは自分を小さく窮屈にしているように見える。1点、2点、3点くらい、いいじゃないか。そういう野球をやってみろ」と告げられた。

2軍で先発で長いイニングを投げることで脱力投法など新たな引き出しを増やし、5月に再びリリーフで1軍昇格。43登板、防御率2・61でリーグ優勝に貢献した。

 20年途中に香月一也内野手(現オリックス)とのトレードでロッテ移籍。同オフに海外FA権でメジャー挑戦してRソックス入りした。21年は55登板5勝1敗、53回で61奪三振。22年も49登板とフル回転して地元ボストンの熱狂的なファンの心をつかんだ。

 23年の日本球界復帰時は前所属のロッテを選択。3年間、懸命に腕を振ってきた。昨年も1軍で20登板。9月30日の楽天戦(ZOZO)では引退試合で先発して初回打者1人を抑えた中大の先輩・美馬に代わって登板し、打者2人を抑えた。結果的にこれが現役ラストマウンドとなった。

 日米通算549登板59勝60敗79セーブ112ホールド。

剛腕の充実のプロ野球生活がゲームセットを迎えた。

 ◆沢村 拓一(さわむら・ひろかず)1988年4月3日、栃木市生まれ。37歳。佐野日大、中大を経て10年ドラフト1位で巨人入団。1年目に11勝で新人王。13年WBC日本代表。13年球宴第1戦MVP。20年9月に香月とのトレードでロッテ移籍。同年オフに海外FAでレッドソックス移籍。23年からロッテに復帰。日米通算549登板59勝60敗79セーブ112ホールド、1058回1/3で951奪三振、防御率2・93。184センチ105キロ。

右投右打。

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