女優の吉永小百合、和泉雅子さんと並び「日活3人娘」と呼ばれ、数々の映画に出演した女優・松原智恵子がトーク番組「森田健作アワー 人生ケンサク窓」(1月24、31日放送、BS日テレ)に出演することになった。

 ホスト役で俳優の森田健作(76)からデビューのきっかけを聞かれた松原は「憧れていたのはスチュワーデス(現在はCA)だった。

(名古屋の実家から東京に行きたくて)副賞の『東京見物』を目的に15歳の時に『ミス16歳コンサスト』に応募した」と明かした。念願だった東京見物では、日活撮影所を見学し、「その時にスカウトされ日活に入社した」という。 

 松原のデビュー作は1961年公開の映画「夜の挑戦者」。2作目の「明日に向かって突っ走れ」でヒロインに起用された。アクション映画や青春映画で活躍したが「多い時で年間14本、トータルで100本以上の映画に出演してきた」。今年はデビュー65年目を迎える。67年にはブロマイドの売り上げが女優部門で1位を獲得するなど活躍した。当時について「寝る時間もないほどの毎日だった」と振り返る。

 森田のデビューは、松原から8年後の69年。森田は松原との出会いについて「僕も映画出演が多く、まだテレビに出る前のことですが…。当時、芸能専門誌が主催するコンサートが岩手で行われたことがあったんです。そこで初めてご一緒したのですが、歌い終わってステージを降りた時に『もう少し、お歌の勉強をされた方がいいですよ』と言われたんです」と振り返った。

松原は驚いた表情で「わー、嫌だ! そんな失礼なことを言いましたっけ」と苦笑する場面もあった。

 初めてのテレビ・ドラマに出演した時のことについても語った。松原が「66年に『山のかなたに』(日テレ系)に出演すると、(所属していた日本コロムビアから)カラーテレビを頂きました。それに、ドラマの視聴率が30%超えたお祝いでハワイにも行かせてもらいました」と言うと、森田は「僕なんかは湯河原でしたね」とおどけた。

 「(MLB)エンゼルス時代から、大谷翔平選手のファンでした」と明かすなど終始、リラックスした表情だった松原。森田が「人の顔には人生が出てくるものですが、年齢には関係がなく、今でも瞳が輝いている。本当に素晴らしい。今度、ぜひ、ご一緒したいですね」と言うと、松原は「だったら、弟の役か何かですかね」と笑顔で答えていた。

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