◆全国高校サッカー選手権 決勝 神村学園(鹿児島)3―0鹿島学園(茨城)(12日・MUFG国立)

 大会史上最多の6万142人を集めて決勝が行われ、神村学園(鹿児島)が悲願の初優勝を達成した。前半、FW日高元(3年)が得点ランキングで単独トップとなる今大会7点目を決めて先制し、鹿島学園(茨城)を3―0で下した。

鹿児島県勢では21大会ぶりの頂点で、昨夏の全国高校総体との2冠は史上6校目となった。“鹿実魂”を引き継ぎ、強い鹿児島を取り戻した。

 天国の恩師に優勝をささげた。有村圭一郎監督(48)は試合終了の直前、空を見上げた。「松沢先生、来ているかな」。鹿児島実の元監督で、多臓器不全により17年8月に76歳で死去した名伯楽・松沢隆司さんへ思いをはせた。

 今があるのも松沢さんのおかげだ。97年に女子校から男女共学化された神村学園で、中等部のサッカー部監督を務めていたのが、鹿児島実OBの竹元真樹氏(現総監督)。その竹元氏から「少し話を聞いてきてくれないか」と松沢さんに依頼され、面会のつもりで向かったが、待ち受けていたのは、教員採用の面接だった。福岡教大に在学中で、大学院への進学を検討していた有村監督は「だまされた」と当時を苦笑いで振り返る。

 期せずして指導者になり、恩師の観察力のすごさを知った。「今考えるとよく見られていた。

厳しく言うタイミングが絶妙だった」。すぐに説教するわけではなく、あえて時間を置き、より言葉が響くタイミングを探る。今、実践する指導スタイルは松沢さんが手本だ。

 「強い鹿児島を取り戻す」。鹿実魂を胸に、有村監督は事あるごとに言い続けてきた。「サッカーを志す鹿児島の子供たちが憧れを持って、未来を描いてくれたら何よりもうれしい」。スタンドには恩師の遺影を持って観戦する松沢さんの夫人の姿があった。感謝の気持ちを届けた優勝だった。(浅岡 諒祐)

 ◆有村 圭一郎(ありむら・けいいちろう)1977年6月19日、鹿児島市出身。48歳。現役時代は主に右サイドバックとウィングバックでプレー。鹿児島実3年時の95年度には、後に鹿島などで活躍するFWの平瀬智行氏らと選手権で優勝を経験。

福岡教大を経て、2002年より神村学園中等部の監督に就任。14年から高等部監督。指導科目は保健体育。

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