タレントの黒柳徹子(92)が13日に自身のインスタグラムを更新し、TBS系「ザ・ベストテン」で共演したフリーアナウンサー久米宏さん(享年81)を追悼した。久米さんを「本当の親友」だったと明かし、「本当に悲しい」と悲痛な心境をつづった。

 「ザ・ベストテン」は1978年から89年まで放送された音楽番組で、久米さんは開始当初から85年まで黒柳とともに司会を務めた。黒柳は「久米さん!」と呼びかけるように書き出し、「私には親友という人が、いるようで、いなかった。あなたは、その中で『ザ・ベストテン』以来本当の親友だった」と関係性を明かす。

 「政治のことも、日常のことも、打ち合わせなしにピッタリ合った。私が設立した『トット基金』の理事にもなって頂いた。先月の理事会に見えなかったので、『どうしたの?』と手紙を出した。返事は来なかった」という。「久米さん、本当に悲しいです。あなたとのナマ放送の厳しい、やり取り懐かしいです」と思い出しながら、悲しみに暮れた。

 「本当は涙もろく優しい人だった、久米さん、『さよなら』は言いたくない、いつか会える時が来たら、続きを話しましょう」と天国の久米さんに呼びかけ「『私の涙が見えますか?』本当に友達でいてくれてありがとう。クールに見える久米さんへ」と感謝した。

 久米さんは1日に肺がんのため死去した。

81歳だった。所属事務所のオフィス・トゥー・ワンが13日に発表した。通夜、葬儀には、遺族の意向により、近親者にて執り行った。

 TBSアナウンサーを経てフリーに転身し、1985年からテレビ朝日系報道番組「ニュースステーション」のキャスターを18年半にわたり務め、「今までにない全く新しい報道番組を目指す」というコンセプトで民放の報道番組の常識を覆した。2020年には、当時唯一のレギュラー番組だったTBSラジオ「久米宏 ラジオなんですけど」が終了していた。

 久米さんは、早大卒業後の67年4月にTBSにアナウンサーとして入社。ラジオのパーソナリティーなどを経て、「ぴったし カン・カン」の司会で全国的な知名度を得るようになった。黒柳徹子との安定感抜群のコンビで人気を博した「ザ・ベストテン」などの司会を担当し、79年にフリーに転身。日本テレビ系「おしゃれ」司会など、民放各局で活躍した。

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