フリーアナウンサーの久米宏さんが1日、肺がんのため81歳で死去したことを13日、所属事務所のオフィス・トゥー・ワンが発表した。久米さんがパーソナリティーを務めたTBSラジオ「久米宏 ラジオなんですけど」(06~20年)で約15年共演した落語家・林家彦いちがスポーツ報知の電話取材に応じた。

 公式発表で訃報(ふほう)に接したという彦いちは「まさかでしたね。健康に留意してお酒もたばこもやめてらした。『ノーストレス』って以前お会いした時に言っていたので。体調が悪くても、また元気に会えると思っていたので、びっくりとショックが大きいです」と言葉を詰まらせた。

 久米さんとは真打ち昇進後の35歳から50歳にわたって毎週ラジオで話していた仲。「ジャーナリズムにおいても軽妙洒脱が存在可能なんだという方を初めて知ったので、びっくりしました。(忌野)清志郎さんが亡くなったときに、清志郎さんの『君が代』を何も触れないでさっと曲をかける。そういうさりげなさと優しさ、自分の中で許せないことはちゃんと物を言う鋭さ。こういう大人の人がいるんだと思いました。会うとワクワクする人でしたね」。久米さんの人柄に魅了され続けたことを明かした。

 「昭和の名人」古今亭志ん生さんのファンだった久米さん。

毎週放送テーマに合わせ、政治や社会ネタをまじえた彦いちの人気コーナー「ネタおろし生落語『彦いち噺』」では「特に何も言いません。笑うか、僕が何言ってるか分からないようにジーと見てくるかのどちらか」。17年に彦いちがラジオで離婚を発表した時も「ゲラゲラ笑っていました」と振り返った。

 彦いちの落語会にもよく訪れていたという。「いつも『カハハハハ』という笑い声が響いて、時々笑い声がないと、こちらが不安になっていました。落語の世界も好きな方で、ふわふわした登場人物を『いいよね~』って。『湯豆腐をこうして、こうして、こうつけてペロッと食べる』みたいな、食べるところが好きでしたね」。大御所にも関わらず、フラッと寄席に来ることも。「来たんだぞってこともなく、翌週会ったら『行った!行った!』って。こっちが言ってくださいよ~っていつも思っていましたね」。

 最後に会ったのは、2年前にあった食事会。「ノンアルコールビールでつまみを食べながら近況を話しました。

またこのメンバーで食事会をやりましょうと誘ったら、『え~!やだよ』って。いつもそういう感じなんですよ」とさみしそうに振り返った。

 久米さんの体調が悪いことは小耳に挟んでいたが、突然の訃報に強い衝撃を受けた様子。「『枯れていく彦いちを見ないと』っておっしゃっていたので。見られるのイヤだなって思っていましたが、(久米さんが)いられるんだろうなってお話していこうと思います」と気丈に語った。

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