日本ボブスレー・リュージュ・スケルトン連盟は13日、ボブスレー男子2人乗りでミラノ・コルティナ五輪(2月6日開幕)の出場枠を獲得する条件の解釈を誤り、出場の可能性が消滅したと発表した。日本は男子2人乗りの出場を目指していた。

今大会の出場枠は4人乗りの国際大会の成績を合算したランキングで決める方式になっていたが、日本連盟は見落として、4人乗りの遠征を実施していなかった。

×    ×    ×    ×

 連盟の当事者意識の低さが招いた失態だろう。ボブスレーは北京五輪後、活動を一時休止。毎年6月に開催されるIBSFの議会に出席する担当者が不在となり、2024年も欠席した。議会後、日本連盟には決議事項を含んだメールがドイツ語と英語で届いた。しかし、外国語に精通するスタッフが常駐しておらず、受信した事務局担当が、競技委員会に「ホウレンソウ(報告、連絡、相談)がないまま見過ごされていた」と強化担当者。ただ内容はIBSFのホームページにも掲載されており、連盟内に、他人任せの空気があったのではないか。

 一方でボブスレーはマイナー競技で資金不足が深刻だ。理事と競技委員会のスタッフは10人程度、他にボランティアなどの非常勤者が数人。選手は毎年40万円の自己負担を強いられているという。五輪選考レースが始まった今季は試合数が増え、航空券代や移動費は全額負担していた。選手の努力が泡と消える、取り返しのつかないミスだった。

(五輪担当・宮下 京香)

×    ×    ×    ×

 日本連盟の担当者はこの日、都内で会見して謝罪した。

 ボブスレーにとって一番の晴れ舞台への道が思わぬ形で閉ざされた。日本連盟の解釈ミスで、日本が目指した男子2人乗りのミラノ五輪出場が消えた。連盟関係者は「残念な知らせを届ける形になってしまい、ここまでのチャレンジに心血を注いでくださった選手の方々に深くおわびを申し上げる」と頭を下げた。

 衝撃が走ったのはミラノ五輪イヤーに入った直後だった。今月1日(日本時間2日)に米国遠征中の選手とコーチが、練習で顔を合わせた他国の関係者から指摘を受け、問題が発覚した。22年北京五輪までは2人乗りと4人乗りの2種目では出場枠を獲得する条件が分かれていたが、24年10月に変更後のミラノ大会は、2種目の選考大会で得たポイントの合算で決まる方式になっていた。しかし、連盟が新方式を見落とし、4人乗りの遠征を実施していなかった。今年1月3日に海外遠征していた5選手にオンラインで説明。いずれも「意気消沈していた」という。

 原因は複数あった。ボブスレーは五輪を目指す選手が少なく、連盟の強化費などを有望選手がいるリュージュなどに割くため、北京五輪後はボブスレーの活動を一時休止。

その後、新方式が発表された24年6月の国際ボブスレー・スケルトン連盟(IBSF)の会議に出席しておらず、会議後にドイツ語と英語のメールで内容を共有されたが、連盟は事務局と競技委員会の連携が不足して見過ごした。発覚後、IBSFに救済を申し出たが、既にレースを離脱した選手もおり、出場ができなくなった。

 3大会連続で五輪出場の夢は破れた。日本オリンピック委員会(JOC)の井上康生選手強化本部長は「大変遺憾」とコメント。連盟関係者は外部から有識者を招くなど再発防止の検討を示唆した。五輪シーズンは試合数が多く、遠征の移動費を選手が自費負担していた。「五輪を目指した選手の熱をつなげないと」と連盟関係者は語ったが、夢を奪った連盟の責任は大きい。

編集部おすすめ