涙のJ1昇格を達成し、引退を覚悟していた37歳が、もう一度ピッチに立つ理由を見つけた。千葉MF米倉恒貴が16日、千葉県内での練習後の取材に応じ、現役引退の葛藤を経て、自身7年ぶりとなるJ1に挑む思いを明かした。

 昨年、千葉はJ2の3位で出場したプレーオフを制し、17年ぶりとなるJ1復帰を決めた。米倉はプレーオフの準決勝・大宮戦、途中出場して18歳MF姫野のゴールをアシストするなど、0―3の劣勢からの大逆転勝利に貢献。決勝では徳島に勝利して昇格を決め、万感の涙を流した。悲願を果たし「もうそれ(J1昇格)のためだけにやっていたんで。辞め方、というのがあるんだったら、間違いなくここだ」と引退に心が傾いたという。

 07年に千葉でプロ入りし、14年のG大阪移籍を経て19年途中にJ2千葉へと復帰した米倉。自身が育ったクラブを、もう一度J1に上げる、という思いだけで戦い続けてきた。昨季でその大義を果たし「もう、ほぼほぼ」引退を決断するつもりだった。しかしクラブからは、契約延長のオファーが届いた。周囲に相談すると、オファーがあるなら続けるべきだ、という意見ばかり。自身の悩みとは裏腹に「誰に相談しても、話にならなかった」と苦笑いした。

 しかし、葛藤の中で頭をよぎったのは、格好よく引退しようとしている自身への疑問だった。

「ちょっと思ったのは、格好よく辞める、というのは似合わないのかなと。ダサく辞めてもいいのかな、と。自分の中で。エリートでも何でもないんでね」。八千代高からトップ下やサイドハーフを主戦場として千葉でプロ入りしたが、花開いたのはサイドバックとして。14年には移籍したG大阪で3冠獲得に貢献し、翌年には日本代表入りも果たした。代表では本来の右サイドバックではなく、左で起用され、定着には至らなかった。19年途中に30歳で千葉をJ1へ、という決意で古巣に戻ったが、昇格までは6年半を要した。紆余(うよ)曲折の中で「運のいいサッカー人生っていうか、なんやかんやで、いい人たちに出会ってきたおかげ」というキャリアの最終章。J1という日本最高峰の舞台で、ぼろぼろになることも覚悟した上で、もう一度戦うことを決めた。

 自身7年ぶりのJ1を戦う上で、選手個人としてのマインドには変化も生まれた。近年はJ1昇格という目標だけに向け、個人としての成績は度外視してきた。

昨季はリーグ戦11試合出場で0得点。しかし半年間の100年構想リーグに向け「今まではJ1に上げるために、全てチームのためとか色々考えてやってきましたけど、もう1度、選手として数字にこだわって、やってもいいのかなとは思います。出場時間もそうですし、ゴール、アシスト、数字にもフォーカスする。(チーム内での)役割をこなすのは、選手として当たり前。それに甘えちゃうと、選手としてというか、人間として成長がないと思うので。僕の年齢、立場からしたら、出場時間を増やす、じゃあスタメンで行ってみよう、と見てもらうには、相当アピールが必要。でも今年は、そういうがんばりを楽しもうかと思っています」と明かした。

 さらに「本当はね、(今年5月で)38歳のやつが、スタメンでばりばり出るようなチームは、(J1では)たぶん厳しいと思う。競争をより厳しいものにするために、もしかしたら、っていうところまで自分を追い込んでいけるか」と続けた。その言葉には、個人のエゴではなく、チームへの思いがにじんだ。

 プレーオフで“フクアリの奇跡”を演出した千葉サポーターにとっても、待ち望んだJ1の舞台。「クラブにとって本当に大きなシーズンになると思うし、自分にとっては色々と考えを固める半年にもなる。

まずはやりきりたい。自分の力がここまでだ、と思ったら、もう(プロ)20年目なんでね。切りよく。でも中途半端な方が、オレっぽいのかな」とも笑った。格好のいい辞め方を諦めた千葉の背番号11は、等身大の姿でJ1の舞台に立つ。(金川 誉)

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