ノルディックスキー複合で五輪3大会連続メダルのベテラン渡部暁斗(北野建設)の6度目の五輪代表入りが正式に決まった。20日、全日本スキー連盟(SAJ)が発表した。

 渡部暁は昨年10月の会見では、独特の表現で引退を表明した。昨季24~25年シーズンの途中、古典の「徒然草」の現代語訳を手にする機会があり「花は盛りに、月は隈なきをのみ見るものかは」という一説に自分の競技人生を投影させたという。「満開の桜や満月、その瞬間のみを切り取って楽しむのではなく、芽吹いてから散り際まで、月の満ち欠けの始まりから終わりまで、その移り変わる情景やその時に思い浮かぶ感情というものを通してこそ、本当のもののもつ美しさや趣というものが感じられる、そんな訳でした。その桜の木と自分の競技人生を重ね合わせた時に、自分は本当に競技人生の始まりから終わりまでを心から堪能することができたなと素直に思うことで、すっきりと晴れやかな気持ちで引退をする決意をすることができました」と伝えた。

 五輪は06年トリノ大会で初出場してから、14年ソチ大会、18年平昌大会で個人ノーマルヒルで銀メダル、22年北京大会では個人ラージヒルと団体で銅メダルを獲得した。W杯でも「キングオブスキー」と言われた荻原健司氏に並ぶ日本最多19勝。17~18年には悲願だったW杯個人総合王者も手にした。9日には、W杯通算出場数を295試合に伸ばし、ウィルヘルム・デニフル(オーストリア)が持つ歴代最多記録に並び、翌日には単独出場の大記録を打ち立てるなど、長く複合界をけん引してきた。

 練習、発想、すべてがらしさ全開だ。夏場の練習では、マウンテンバイクやボルダリング、水上スポーツなどさまざまなトレーニングを取り入れ、試行錯誤を重ね体の使い方を探った。五輪金メダルを目指す上でも「どう取るかが大事」と、取るだけでなくその課程を大事にし、物事の本質を求めた。複合の距離は、山間部を10キロを走るハードなもの。

他選手は駆け引きをし、人の後ろに付いて体力を温存しながら走るが「せこい勝ち方はしたくない」と集団を引っ張り続けた。自らが言う「コンバイン道」を体現し続けた競技人生。その姿はまさに求道者だった。

 五輪シーズンは、ここまでW杯で11位が最高。最後の戦いは厳しい戦いが予想されるが、自身は今の立ち位置を受け入れながらも、最後まであらがい続ける。「最後の花びらの一枚が散っていくのを寂しく待つつもりはない。2月のイタリアで季節外れの満開の桜を咲かせたい。自分が流した汗で奇跡を起す」。集大成の五輪へ、最後までファイティングポーズは崩さない。

編集部おすすめ