舞台やスポーツ観戦の醍醐(だいご)味は、同じ空気を吸っている臨場感だ。といっても俳優や選手が観客の手が届くレベルまで近づくことは、そう多くない。

 「パーソナルスペース(対人距離)」という概念がある。個人差はあるが相手との距離が1・2メートル以内に縮まると、親しい間柄にのみ許される「個人的ゾーン」になるという。

 2人ミュージカル「白爪草」を演じる女優は、この境界を軽々と越えてくる。360度を客席に囲まれたリングのようなステージ自体が、そもそも手が届くほどに近い。双子役の屋比久知奈と唯月ふうかは、客席全体を駆け回り、目の前の観客に正対して歌うことも。私のすぐ隣で唯月が歌い出した時には、空気の震えまでも感じ取ることができた。

 生花店を舞台としたサスペンス。休憩がないだけに、2人がセットを昇降する揺れもリアルに伝わってくる。終演後の床に散らかった花びらが、熱量十分な本作のライブ感を象徴していた。

 “ライブ”でいえば、2022年に「悪魔の子」で注目を浴びたシンガー・ソングライターのヒグチアイによる楽曲も心に響く。屋比久のどこか抑制的な中音域の歌声には説得力があり、唯月の抜けるような高音が交わったハーモニーは、生で体験する価値があった。

 開幕前の昨年12月。

稽古場シーンを披露した屋比久は「経験したことのない緊張だけど、その緊張感もうまく使える」と語り、唯月も「何回も逃げたいなと思っちゃうぐらいの孤独感は、他の作品では味わえない」と自らを奮い立たせていた。あれから1か月、狭い空間を見事に支配する2人の姿にほれぼれとした。今後の作品でも演技にどう深みが加わるかが楽しみだ。

 コロナ禍を乗り越え、今や「ソーシャルディスタンス」という言葉も懐かしく思える時代。「近さ」が生み出す臨場感をかみ締めるにはうってつけの作品だ。(記者コラム・堀北禎仁)

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