東京六大学野球リーグの4年生の多くはこの春、名だたる大企業に入社していく。一方、早大の堀越健太投手(4年=宇都宮)は2025年12月に「psytech.life株式会社」を起業。

代表取締役CEOとしてAIを駆使し、教育分野とフィットネス分野の新たな価値創造にチャレンジする。2024年春のリーグ戦でベストナインに輝いた東大・大原海輝外野手(4年=県浦和)とタッグを結成し、常識を変える基準作りへ取り組む。スタートアップに懸ける、熱き思いとは。(編集委員・加藤弘士)

■「お前は、オレが言わなきゃやめない」

 191センチから放たれる角度のあるストレートが武器だった。早大・小宮山悟監督からつけられた称号は「秘密兵器・堀越」。文武両道を貫く栃木のNO1進学校・宇都宮高から早大野球部の門をたたいた堀越は、将来を嘱望された存在だった。

 2022年、1年秋のフレッシュリーグ・法大戦には同点の9回に救援。神宮のマウンドで3者連続奪三振の快投を見せた。

 「入部当時は『プロになりたい』と思っていました。でも2年春に肉離れのケガをしてしまったんですよ。2か月経って復帰したとき、急にボールが投げられなくなって。イップスになっちゃって。

3年春には治ったんですが、GWぐらいにまたイップスになってしまった。『もう野球を続けるのは厳しいかな』と思う中で、将来のことを考えるようになったんです」

 行動力と好奇心は人一倍だった。母校・宇都宮高のOBのツテをたどって、ビジネスの世界で活躍する人々と交流を深めた。

 「元々、野球が終わったらスポーツを指導したいと思っていたんです。そんな話をしていたら『人に教えられる数には限界があるよ。君、分身できんの?』と言われて。大手に就職するのではなく、スマホのアプリを通じて、全国のおじいちゃん、おばあちゃん、子供たちに至るまで、ぴったりのパーソナルトレーナーを届けられる世界を実現したいなって。スタートアップを志したんです」

 少しずつ準備を重ねたが、野球を続けたい思いは消えなかった。社会人で野球継続の話もあった。昨年6月、小宮山監督に相談に行くと、監督室でこう言われた。

 「お前は一番、頑張ってきた。でも一番成長しなかった。

1年秋を見ていたから、やめさせるのはキツい。でもお前は、オレが言わなきゃやめない。40歳になっても親から小遣いをもらって、『諦めない』と独立リーグで野球をやっている姿が目に浮かぶ」

■「もっと熱くなれることをやりたい」

 白球に別れを告げ、起業に全力投球する覚悟が決まった。アイデアは次々に浮かんできた。現実化するにあたり、とにかく人が足りない。宇都宮高の1学年先輩、東大・中山太陽外野手(4年)に相談したところ、大原の名が上がった。

 大原は2年春にリーグ戦初出場。3年春に外野手のレギュラーに定着し、打率3割3分3厘、1本塁打、8打点でベストナインを獲得した。堀越のスタートアップに加わったのは、どんな思いからだったのか。

 「僕も元々、野球ばっかりやってきて、自分の実力が通用するなら上でやりたいなと強く思っていたんです。でもベストナインを取ったタイミングで、上のレベルに自分が立ったからこそ、足りないもの、自分の限界が見えてきたんです」

 さらに、こう続けた。

 「就職を考える中、先輩たちに話を聞きに行くと、OBの方々が口をそろえて『大学野球が人生で一番、輝けた楽しい瞬間だった。

だから頑張ってくれ』とおっしゃって。もちろんその通りだと思ったんですが、心のどこかで、大学野球で燃え尽きる人生じゃなくて、もっと熱くなれることをやりたいなと思っていました。左手首の有鈎骨を骨折して、手術明けということもあり、堀越の熱意ある話を聞いて『こういう世界で勝負したい』『新しい価値を多くの人に届けたい』と思ったのがきっかけです」

■「孫視点」を大切に

 まずは高齢者に照準を絞り、「介護とフィットネスの常識を変える」運動プラットホーム作りに心血を注ぐ。動作解析のテクノロジーを駆使して、一人ひとりに適したトレーニングをアプリによって楽しく受けられるサービスを目指す。

 堀越が目指すのは「専門知識の民主化」だ。

 「きちんとしたアスレチックトレーナーに運動の良さを教われば、『すごく楽しく体を動かせた』となるのに、教わる機会がないと『練習しても意味ないじゃん』『スポーツに裏切られた』で終わってしまうと思うんです。日本国内のどこにいても、いや、世界のどこにいても『これが答えだよ』という、世界中の知識が凝縮されたプラットフォームを作りたいんです。今は、その未来を描いているところです」

 まずは多くの医療関係者と会い、現場の実情を聞くようにしている。昨秋には医療広報シンポジウム「病院マーケティングサミットJAPAN」に足を運び、会社のパンフレット200枚を配りきった。名刺交換したところ、2人で計200枚がなくなった。同代表理事の循環器内科医・竹田陽介さん(株式会社ヴァイタリー)は堀越にとって、宇都宮高の先輩にあたる。人と人とのつながりや、ご縁、温かみを感じる日々だ。

 堀越は言う。

 「足を使って現場を回り、ニーズを聞くことを大切にしています。亡くなった祖父を好きだったこともあり、楽しんで健康になってほしいという『孫視点』を大切に、価値あるサービスを生み出していきたいです」

 大原も力を込めた。

 「堀越を支えていくとともに、負けないぐらい実業家として頑張っていきたい。日本のスポーツ界はもちろん、若者をもっと盛り上げていきたいというのが、大きな目標です」

 早大や東大のグラウンド、そして神宮球場で4年間学んだことの全てを注ぎ込み、ビジネスの世界で勝負する。大いなる戦いのプレーボールは、宣告されたばかりだ。

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