女性デュオ「ピンク・レディー」の増田惠子が23日放送のテレビ朝日系「徹子の部屋」(月~金曜・午後1時)で、すい臓がんのため2024年8月に死去した夫の桑木知二さんについて語った。

 司会の黒柳徹子から「ご主人は残念ながら亡くなったんですって?」と問われ、「24年の8月に」と説明。

「全然体調悪くなかったんです。何年か前に肺がんの小さいのを見つけてもらって、それをすぐ取っちゃって、5年過ぎて大丈夫だったんです」と平穏に過ごしていたが、「「(亡くなる前の)暮れぐらいから、目がダブルビジョンに見えてつらいって言って」と物が二重に見えると訴えたという。

 そして「詳しく色々血液検査をしてみたら、目が見づらくて行ったのに、すい臓がんって言われて、ちょっともうビックリしてしまって。すぐ検査入院しました」とがんが判明したと語った。

 「ダブルビジョンは橋本病だった。それが目に来ちゃったみたいで、すぐお薬を飲んであっと言う間に良くなった」というが、「すい臓がんがかなり進んでるってことで。4月くらいだったかな、末期だっていうふうに聞いて、ホントにびっくりしてしまって」とがんは進行していた。

 増田はショックを受けたが、「でも主人は何も変わらないんですよ。(ショックとか)そういうそぶりを一切見せなくて。眠れなかったり、怖くなったりする方がいるって聞いてたんですけど、全然爆睡していたし、受け入れることがすごく上手な人で」といい、抗がん剤治療も受けなかったという。

 「なってしまったものは仕方ないから、抗がん剤はしないと決めて、とにかく笑顔の絶えない残された日々を。今までと変わらない、丁寧にりんとして私も生きていきたいし、ずっと彼の笑顔を見ていたいなと思ったので。

つらいというよりは、1日1日あんなに一生懸命笑顔で楽しく暮らした日々はなかったですね」と振り返った。

 再入院するまで自宅で約4~5か月過ごし、ある時に「『そんなに素敵な笑顔をしてくれるの』っていった表情がなんともいえない、今まで見たことがないような、なんともいえない優しい顔だった」と回顧。その顔を見て「この笑顔を一生大切に、私は主人の分まで生きていかないと。これからも主人と一緒にいたように、丁寧にりんとして過ごしていこう」と決めたそうで、現在も朝は遺影に向かって「ほめてくれた笑顔は健在ですか?」と問いかけて1日が始まると語った。

 増田と音響会社社長だった桑木さんはテレビ番組を通じて古くからの知り合いで、増田からプロポーズし2002年6月に電撃結婚した。結婚会見では音符をデザインした結婚指輪を披露。「遠回りしたけれど、お互いいろいろな経験をしたところでもう一度出会って結ばれたのかな」と話していた。

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