歌舞伎俳優・中村鶴松の事件から25日で1週間。鶴松が降板した「新春浅草歌舞伎」(東京・浅草公会堂)は、明日26日に千秋楽を迎える。

演じたことのない役にもかかわらず、鶴松が演じていた大役の穴を埋めた中村莟玉(かんぎょく)の演技に、称賛の声が相次いでいる。

 莟玉は、鶴松と同じく一般家庭の出身。人間国宝、中村梅玉のもとで子どものときから修行を積んできた。端正なマスクも印象的で昨年のNHK大河ドラマ「べらぼう」にも出演。立役(男役)、女形の両方をこなせるホープとして期待されている。

 観劇した人々のSNSには莟玉の芝居に「本当にいい」「心打たれた」「あまりに良くて」などとピンチヒッターにもかかわらず「代役離れ」した演技をたたえる言葉が目立つ。実際のところどうなのか、気になり23日、見てきた。鶴松版は3日に見ている。彼が演じたものも良かっただけに、こんな形になったのは残念だ。

 注目の演目は近松門左衛門「傾城反魂香(けいせいはんごんこう)」で通称「吃又(どもまた)」の場。大津絵の始祖、岩佐又兵衛をモデルにした吃音(きつおん)で滑らかに話せない夫・浮世又平(中村橋之助)を献身的に支える女房・おとくを、莟玉が演じている。

 見始めて早々に参った。

複雑な思いを抱えながら、この夫婦が登場する花道のシーンで不覚にも泣きそうになった。花道の様子がはっきり見える2階席に座っていたこともあるかもしれない。拍手もいつもより温かく感じられる。「代役がんばれよ」の思いが伝わってくるようだ。

 「おとく」という役は長ぜりふが多く、覚えなければならない動きも無数にある。そのため女形の中でも難役のひとつとされる。莟玉は未経験の役を代役するように告げられ、数時間後に最初のピンチを切り抜けた。歌舞伎俳優のすごさは、こんなところにもある。古典のあらゆる役を役者は知り尽くしている。しかし、知識と実演は違う。

 尋常でない精神状態の中で役への覚悟を決め、回を重ねるごとに役を練り上げている、ということだろう。人気演目なので、こちらもいろんな「おとく」を見てきた。

「又平」が主人公だが、「おとく」の演じ方次第で劇中の夫婦関係の印象は全く違ってくる。しっかり者の世話女房タイプの人もいれば、母性を感じさせる者もいる。見たときの莟玉は、後者に近かった。花道での登場で記者が泣きそうになったのは、振り返って夫を見つめる目に、優しさと深い愛情が含まれているように映ったからだった。

 しかし、その一方で冷静な見方をすれば、代役を託された役が初めてだろうと、お客さんには関係のないことだ。この舞台を見ながら、人間国宝・片岡仁左衛門が2010年(12月)に市川團十郎(当時海老蔵)の代役をしたときに発していた言葉がよみがえった。「役者は、お客様に(代役と)気付かれないようにやるわけです。喜んでもらえることが大事」。おそらく莟玉も、代役と思わせてはならない、という思いで役の本質に迫ろうとしているのではないか。

 「浅草歌舞伎」は近い将来、歌舞伎界を担うであろう若手たちが、それぞれの大役に挑戦する公演だ。多少、未熟で荒削りであろうと、純粋に一途に挑もうとする姿に、観客は胸打たれる。歌舞伎座とはまた違った魅力が、浅草にはある。

 今回、代役に変わったのは「吃又」だけではない。浅草メンバーは出演者も裏方も、想像を絶する大変な中での1週間だっただろう。明日の千秋楽を、どうか無事に終えてほしいと願っている。(内野 小百美)

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