スピードスケート女子で五輪初出場の野明花菜(はな、立大)は、両親も2大会ずつ同じ競技で五輪に出場したスケート一家の長女だ。今季は3大会連続メダル獲得の期待がかかる、団体追い抜きのメンバーとしてW杯を転戦。

初戦で金メダルを獲得するなど、両親の“五輪DNA”を受け継ぎ、初の夢舞台切符を手にした。昨季の大けがを乗り越え、現役大学生として文武両道の生活を貫く21歳が、一家悲願のメダル獲得に挑む。

 野明は今季、一気に飛躍を遂げた。高木美帆(31)=TOKIOインカラミ=らとW杯を転戦。昨年11月に米ソルトレークシティーで行われた第1戦では隊列の真ん中で滑り、日本にとって2シーズンぶりの金メダルをもたらした。その実績で初の五輪出場を決め、両親からも祝福を受けた。「今までで一番いい滑りがしたい。金メダルが取れたらうれしい」と野明家初となるメダル獲得を誓った。

 両親譲りのスケート技術が花開いた。父・弘幸さん(51)は男子1500メートルの元世界記録保持者だ。98年長野、02年ソルトレークシティーと2大会連続で五輪に出場。母の三枝さん(旧姓・上原、54)も92年アルベールビルなど2大会で五輪に出ており、2人の妹も競技に取り組むスケート一家だ。

野明は中学まで母の指導を受けたが岡谷南高進学後は、同校職員でもある父に指導を仰ぎ、現在も父の教えを受ける。元々は短距離選手だったが、今は3000メートルを中心に滑っており、父から中距離に必要なスタミナも受け継いだ。

 どん底からはい上がった。24年12月、北京でのW杯の前に左足首を骨折。手術をし、現在もボルトとプレートが入ったままだ。当時は「辞めてもいいのかな」と現役引退も考えた。だが、「1月の頭に練習ができるようになって。自分が戻りたいと思えるところまでやってみよう」と一度スケートから離れたことで、前向きな考えが生まれた。

 競技を離れれば普通の大学生だ。23年4月に立大スポーツウエルネス学部に入学。埼玉県内で一人暮らしをし、学業に励む。昨年12月のW杯帰国後から全日本選手権までの10日間で4日間、大学へ通った。

「公欠が使えないから、ちゃんと行かないと」と多忙だが「単位は大丈夫」と学業もおろそかにはしない。

 昨年12月の五輪代表決定直後は「実感はない。行ったことのない場所、どんな場所なんだろう」と戸惑っていた。ただ、26年の五輪イヤーに入ると「緊張感や責任感を強く感じている」と実感も湧いてきた。24年に父に「五輪に行きたい」と話すと「簡単に行ける場所じゃない」と返された。「ぶっ刺さった」と五輪の重みを知る父からの心に響く厳しい一言に発奮し、夢舞台を目指してきたスケート一家の長女。苦楽を糧にミラノの地でその才能を開花させる。(富張 萌黄)

 ◆野明 花菜(のあけ・はな)2004年11月28日、長野・下諏訪町生まれ。21歳。3歳から五輪出場経験のある両親の影響でスケートを始める。岡谷南高3年時の全日本ジュニア選手権3000メートルで優勝。同年立大に進学。

24~25年シーズンはジュニアW杯で3勝。25年、女子団体追い抜きでW杯優勝。家族は両親、妹2人。

 ◆野明家の五輪VTR 父・弘幸さんは、23歳時に1998年長野大会で五輪初出場。男子1000メートルで25位、1500メートルで7位、5000メートルで25位。2002年ソルトレークシティ大会では1000メートルで転倒し44位、1500メートルで15位。母・三枝さんは、20歳時に92年アルベールビル大会で五輪初出場。女子1500メートルで11位。98年大会は1500メートルで21位、3000メートルで14位だった。

 ◆主な親子五輪出場 冬季ではフィギュアスケートの佐藤信夫、大川久美子夫妻の娘・佐藤有香が代表に。3人はいずれも2大会連続出場。フィギュアスケート男子の鍵山正和と息子の優真がともに2大会連続で出場。

22年北京五輪では父がコーチを務め、優真がシングルで銀メダルを獲得した。夏季では体操男子で3大会連続金メダルの塚原光男、04年アテネ大会団体を制した長男・直也が日本初の親子金メダリストとなっている。

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