2大会ぶり4度目の五輪取材でミラノにきている。空港からホテルまでの電車に揺られ、疲れもあってか、カバンを開けたままついうとうとすると早速、スリ集団とおぼしき3人の包囲網にあった。

気配を察知し、するりとすり抜け事なきを得たが、油断ならないな、といきなり洗礼をうけピリっとさせられた。

 五輪にくると平和について否が応にも考えさせられることが多い。空港では客よりも多いポリツィア(国家警察)が厳重な警備に当たってくれている。ただ、過去、10年バンクーバー大会、14年ソチ大会では「bomb(爆弾)」と書かれたテロを警戒する紙を渡されたこともある。

 国際オリンピック委員会(IOC)はウクライナに侵攻したロシア選手に対し、24年パリ大会に続き、個人の中立選手(AIN)として参加を認めている。これには各国競技団体の温度差もあり、賛否はいまだに分かれているのが現状だ

 ミラノの街は多くのポスターが貼られ、プロジェクションマッピングなどで彩られ、華やいではいるが、その陰にある部分を考えれば「平和の祭典」とは言いがたい部分も残される。

 私は、平和を語る見識を持ち合わせている訳ではないが、選手たちの五輪に費やしてきた膨大な時間をほんの少しだけ垣間見させてもらってきた立場としては、「競うのは競技」だけであってほしいと願う。「五輪に国境はない」―、そんな使い古された言葉も開催前のミラノにいるとやけに心にしみてくる。どんな五輪になるのかは、自分の心の中にあるのかもしれない。肝に銘じて、私も世界と対峙(たいじ)していきたい。(松末 守司)

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