映画「太陽を盗んだ男」で知られる映画監督の長谷川和彦(はせがわ・かずひこ)さんが1月31日午後、誤嚥(ごえん)性肺炎による多臓器不全のため、都内の病院で亡くなった。80歳だった。

広島県出身。葬儀は近親者で執り行う。

 長谷川さんのパートナーで女優の室井滋が2日、スポーツ報知の取材に応じた。亡くなった日も3時間前までそばに付き添っていた。「とにかく映画の虫だった。『何としても、もう1本は撮って死にたい』というのが口癖でした。最後の最後まで映画が撮りたくて、それができなかったのが無念だったろうな…」と偲(しの)んだ。

 長谷川さんは20年ほど前に肺がんを患い、その後はパーキンソン病などを発症した。ここ2、3年で病状が悪化し、入退院を繰り返す生活。体は動かず、会話もままならない状態だったという。「(体の)調子のいい時にお友達に来てもらうと、手だけはキュッと握ってくれた。意識はしっかりしてるんだなという感覚はありました」と回想。

「とにかくお酒飲みで有名でしたから。お酒さえやめてくれたら、もっと良かったんじゃないかと思う」と別れを惜しんだ。

 1976年に「青春の殺人者」で監督デビューした。79年、2作目の「太陽を盗んだ男」は中学教師(沢田研二)が原爆を自作し、国家を脅迫するストーリー。骨太の演出で報知映画賞作品賞などを受賞し、カリスマ的な人気を誇ったが、3作目が作られることはなかった。

 「器用な人ではなかったので、もっと簡単に映画撮ればいいのにって。見ていて思ったんですけど、そういう人ではなかった。ただ、そういう姿勢はなかなかマネできないことだし、私とは正反対(の性格)ですから。すごいなと思っておりました」

 子どもはいなかったが、6匹の猫と暮らし、「かわいがっていた」という。室井は「(これまで)あんまり長谷川のことは書いたことないけど、(著書の)『やっぱり猫 それでも猫』で書いたんです。(彼が)病気になっちゃって、どうしようもなくなったということもあって。(私自身が)書きたい気持ちになったんだと思う」と自身の心境の変化を口にした。

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