いろいろなことをつい、4年前と比べてしまう。初めて冬季五輪を取材したのは22年北京大会。

コロナ禍で、外部との接触を一切遮断した「バブル」の中にいた。全身防護服のスタッフに出迎えられ、毎朝のどの奥に長い綿棒を入れてのPCR検査。スタッフ以外、現地の人との交流はなく、文化にも触れられず。町の中華料理など、においすら嗅ぐことがかなわなかった。

 1日にミラノ入りした。夜になれば、町の中心地の建造物には五輪開催を知らせるプロジェクションマッピングが施され、人々が足を止めスマホを構える。レストランでハウスワインを頼み、リゾットの絶妙なチーズ加減と歯ごたえには感動した。現地だからこそ、目と耳と鼻、五感全てで楽しめる。五輪取材の醍醐(だいご)味の一つである。(大谷 翔太)

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