56年コルティナダンペッツォ五輪で銀メダルを獲得し、冬季五輪初の日本人メダリストとなった猪谷(いがや)千春さん(94)=国際オリンピック委員会(IOC)名誉委員=が、70年ぶりのコルティナ開催となるミラノ・コルティナ五輪開幕を心待ちにしている。スキー・アルペンで五輪3大会に出場した94歳のレジェンドスキーヤーは今月1日に当地入りし、24日の帰国まで日本勢の活躍を見守る。

(取材・構成 岡島 智哉)

 猪谷さんにとっての聖地・コルティナダンペッツォに、70年ぶりに冬の祭典が帰ってくる。

 「やっぱり特別な思いはありますよね」。かつて冬季五輪で日本人初のメダルを獲得した思い出の地での五輪開催に、94歳のスキー界のレジェンドは胸を高鳴らせた。

 今大会の開催地の1つであるコルティナダンペッツォで行われた56年大会のスキー・アルペンの男子回転で、銀メダリストとなった。戦後初めて日本人の出場が認められた52年オスロ五輪に続く自身2大会目の出場でのメダル獲得は、アジア人初の快挙にもなった。

 当時24歳だった猪谷さんの滑りは、欧州1強の時代において、偉業としてたたえられた。その後、日本人メダリストの誕生は72年札幌大会まで待たなければならなかった。

 「(メダルを取ると)人生はやっぱり変わりますよね。(56年大会後の)70年間、誰も(アルペンで)メダルを取っていないので、いつまでも老体が(イベントやメディアへの出演に)引っ張り出されておりますけれども(笑)」

 引退後は実業家として活躍する傍ら、IOCの委員、副会長を歴任し、五輪の価値向上に奔走してきた。98年長野、21年東京の五輪招致にも尽力。94歳になった今でも「しょっちゅうってわけにはいかないですけど、たまに」(猪谷さん)スキーを楽しんでいるという。「2歳からずっとスポーツをしているから、ですかね」と健康の秘訣(ひけつ)を明かし「スキーなんて、下を向けば勝手に滑っていくものですから」と笑う。

 イタリア国内での広域開催となる今大会も、IOCの名誉委員として現地入りする。猪谷さんにとっては、思い出の地の再訪にもなる。1日に日本を出発し、24日の帰国までの約3週間、現地滞在を予定している。

 大会の運営状況などの視察が主な仕事だが、日本勢の活躍にも期待を寄せる。アルペンでは猪谷さん以降の70年間、男女ともに日本人メダリストが誕生しておらず「残念ですよ。絶対できるはずなんですけどね」とぼやきながらも「心の中で一生懸命応援して、(日本人)メダリストの誕生を祈っています」と語った。

 日本人の冬季五輪初代メダリストは、イタリアでの躍動を志す日本選手団に対して、少しばかりの高揚感と、それを上回る平常心の重要性を説き、エールを送った。

 「ある程度心臓が高鳴らないと、いい成績は出せないんです。私もそうでした。でも、覚悟するとね、力が入り過ぎちゃうから。(気持ちが)上がりすぎたらダメなんですよね。勝ち負けは意識しなくていいんですよ。

日頃培った技術を思う存分発揮すれば、結果はついてきますし、メダルにも近づくと思います」

 アジア人初の偉業達成から70年。94歳となった猪谷さんは再びイタリアへと赴き、現地で日本人選手の活躍を温かく見守る。=おわり=

 ◆猪谷 千春(いがや・ちはる)1931年5月20日、北海道・国後島生まれ。94歳。立大1年時に米ダートマス大に留学し、一般教養学部卒。56年コルティナダンペッツォ五輪スキー・アルペンの回転で、日本人初の冬季メダリストとなる銀メダルを獲得。引退後は実業家として活躍しながら、82年にIOC委員に就任し、2005~09年には副会長、12年からは名誉委員。98年長野五輪、21年東京五輪の招致などに尽力した。

 ◆56年コルティナ・ダンペッツォ五輪 32の国と地域から821人が参加し、4競技(スキー、スケート、アイスホッケー、ボブスレー)24種目が行われた。猪谷氏はスキー・アルペンの滑降、回転、大回転の3種目に出場。滑降では失格、大回転では12位だったが、回転では1回目で6位、2回目で2位となり、銀メダルを獲得した。同種目では初の欧州以外選手のメダルとなり、冬季五輪のアジア勢初メダルにもなった。

◆取材後記

 今回のインタビューは、群馬・片品村の「かたしな高原スキー場」で行われた。猪谷さんの名を冠した「猪谷千春杯スキー競技大会」が開催され、臨席された猪谷さんに、イベントの合間に取材時間を確保していただいた。

 一言で言えば、元気。94歳にして、活力に満ちている。「私は『タマネギ』って表現しているんですけど。1枚ずつ、今まで作ったものを剥がしながら生きています。もうあんまり残っていないですけれども(笑)」と謙遜するが、94歳にして、足取りも話しぶりも、健康そのものだった。

 「このあと、少しスキーを滑ってから帰京しようかと思っているんです」。そう伝えると、猪谷さんは、うれしそうな表情を浮かべた。「スキーを愛する人に、悪い人はいませんからね。どうぞ楽しんでいってください」。スキー界の第一人者から“お墨付き”をいただき、堂々とゲレンデを楽しんでから帰京した。

(智)

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