宮城4区は、自民党前職の森下千里氏(44)が、中道改革連合共同幹事長の安住淳氏(64)を破り、小選挙区での初勝利を飾った。安住氏が1996年の初当選以来守り続けてきた小選挙区の議席を奪還。

「足らぬところもある私ですが、地域のために働いていきたい」と、笑顔で力強く誓った。自民党が弱いといわれる東北の地で、高市チルドレンが誕生。自民圧勝を象徴する選挙区となった

 森下氏は当選確実の報を受けると、事務所で支援者に深々と頭を下げ、厳しい選挙戦を支えた組織への感謝を述べた。2021年、旧宮城5区で安住氏と戦い大敗。24年衆院選では比例東北ブロック単独2位で当選した。今回は「退路を断っての挑戦」として、宮城4区での公認を得て出馬した。

 「震災を経験していない人に何が分かる」「タレントに何ができる」―。ネット番組では食料自給率の意味を答えられな場面がやり玉に上げられ、辛辣(しんらつ)な言葉を浴びせられたこともあったが、5年前から石巻市に住み、政治活動を続けてきた。

4年で1000回を超える辻(つじ)立ちの成果はてきめんだった。電撃解散でも慌てることなく、いつも通り準備を進め、市民と言葉を交わした。東北の復興という大きな課題と向き合う2期目の議員生活が始まる。

 一方、安住氏は小選挙区での落選が決まると、事務所とは別の場所から配信を使って支援者に「私の不徳の致すところ」と深々と頭を下げた。

潔く結果を受け入れる姿勢を示した。長年の「安住王国」の崩壊は、与野党双方に大きな衝撃を与えることになった。

 1996年の初当選から一貫して衆院小選挙区で自民に完勝。宮城5区、24年から区割り変更となった同4区で10回連続で当選している。小泉旋風が吹いた2005年の郵政選挙でも1万票差、自民が294議席の絶対安定多数を獲得して政権奪取した12年も、3万票差のダブルスコア勝利を収める鉄壁の「安住王国」だった。

 旧牡鹿町(現・石巻市)出身で、父・重彦さんは町長だった。1993年にNHKを退職すると、90万円を握りしめ「政治家になる」と父に伝えた。東日本大震災の際も、被害を受けた地元のために尽力。宮城4区を象徴する議員だった。

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