男女の予選・決勝が行われ、女子で昨季世界選手権銀メダルの三木つばき(22)=浜松いわた信用金庫=は、予選3位から上位16選手による対戦方式で勝ち上がる決勝トーナメントに進み、地元イタリア選手に0秒02及ばず準々決勝で敗退。金メダル候補として挑んだ2度目の五輪は6位入賞で終えた。

7大会連続代表で、2014年ソチ五輪銀メダルの竹内智香(42)=広島ガス=は予選22位で敗退し、27年の競技生活にピリオドを打った。

 金メダルの壁は厚く高かった。三木は悔し涙を両手でぬぐいながら「皆さんにメダルを見せることができなった。これがいまの実力」と背筋を伸ばし、気丈に振り返った。

 予選3位から出てメダルは射程圏内とみられた。だが、3連覇を狙った絶対女王・レデツカ(チェコ)も準々決勝で姿を消す波乱に。三木も9位だった4年前の雪辱は果たせなかった。今大会は通常より長めのコース設定で、斜度変化の多さにも警戒。1回戦とコースを変えた準々決勝は思うように加速できず、力強い滑りは発揮しきれなかった。

 夢を諦めなかった。長野・白馬村に生まれ、4歳で競技を始めた。5歳の時に父・浩二さんの仕事の都合で温暖な静岡・掛川市に転居。

降雪が少ない環境を理解できず「スノーボードがやりたい」と両親に泣いて訴え続けた。転機は小2の冬。冬季3か月間は親元を離れ、単身雪ごもり生活を選んだ。地元のペンションに安く泊めてもらい、代わりに「朝食用のヨーグルト3パックに砂糖を入れてかき混ぜるのが私の役目でした」とお手伝いした。

  毎日、山にこもり、午前8時半から約8時間滑り込むスノーボード漬け。

 「ザ・有言実行」と父は娘を評す。8歳の時、来日した10年バンクーバー五輪銅のマチュー・ボゼット氏(フランス)の迫力のある滑りを間近で見て「格好いい」と感激。同氏に声をかけられ「世界一速く滑れるようになりたい」と五輪制覇が三木の一番の夢になった。小学3年時に五輪で金メダルを獲るためのプランを、父と立てた。「小学6年までにプロ」「北京五輪に初出場」。その時に書いた最後の目標の1つが五輪女王。「6位がいまの実力。

また4年間しっかり頑張って皆さんの前で、さらに強くなったねって言ってもらえるような滑りがしたいと思います」。悔し涙を目にいっぱいためて誓った。(宮下 京香)

◆三木に聞く

 ―2度目の五輪を終えた心境を。

 「まずは多大なる応援、ご支援ありがとうございました。本当に、皆さんにメダルをお見せしたかったんですけど、泣かないって決めたんですけど、できなくてすごく悔しいです。でもこれが今の実力だと思いますし、やりたいことはやれましたし、あまり深く緊張せずに、しっかり体が動いていたので、受け止めることができるし、後悔はないです。ただやっぱり、悔しい気持ちはあるので、また4年間しっかり頑張って皆さんの前で、さらに強くなったねって言ってもらえるような滑りがしたいと思います。本当にありがとうございました」

 ―赤いコースを選択した理由など

 「今日、男子で優勝したベンジャミン・カール選手のライディングを見ていただけたら、私がレッドを選んだ理由で、最後の最後、レッドが速いんじゃ無いかっていう話になって。今までたくさんW杯や世界選手権を重ねる中で、自分が選べる立場だったときに、コースを。同じ方向で行くのか、違う方向で行くのか、その時、その時、どっちのコースが良いのかっていうのを情報として取り入れた方が良いのか、自分を貫いた方が良いのかっていうのは、本当にその時、その時で。今回に関しては、今まで自分が1本目滑った方を滑るっていう選択をして負けたことが今シーズン何度かあって、その後悔っていうものもあったので、今回は上にいてくださっていたスタッフさんとも話をして、最後レッドを差すことができているという情報もあったので、そこを悔いの無いように赤を滑ろうという選択を自分でしました」

 ―4年前の1回戦を越えてもう一度この舞台に帰ってきた

 

 「今もたくさんの方が見てくださっていると思うんですけど、本当に支えてくださる方々のおかげでこの舞台に立てていますし。良い報告をもちろんしたかったんですけど、感謝しかないなって思います。

それだけに、恩返しという形も込めて、また私自身も優勝したいので、しっかり五輪っていう場所で優勝したいので、またしっかり頑張っていきたいなって思います」

 ―メッセージ

 「本当に皆さん応援ありがとうございました。6位っていう順位が今の現状の私の実力だと思うので、しっかり受け止めて、4年後、1番をとれるように頑張りたいと思います。引き続き、温かいご声援、ご支援のほどよろしくお願いします。ありがとうございました。泣いてばっかりで申し訳ないです」

 ◆三木 つばき(みき・つばき)2003年6月1日、長野・北安曇郡白馬村生まれ。22歳。5歳で静岡・掛川市へ転居。4歳でスノーボードを始め、中学2年時にナショナルチーム、強化指定ユース選手に選出。通信制の勇志国際高から22年に日体大に進学。現在4年生。同年に初出場した北京五輪では予選3位で決勝進出。23年世界選手権パラレル大回転で金メダル。

173センチ、70キロ。家族は両親と妹。

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