日本女子スノーボード界初の金メダルに輝いた村瀬心椛(21)=TOKIOインカラミ=。大けがに苦しめられた時期があったが、窮地を救ったのがスポーツトレーナーの佐藤義人氏(48)だった。

佐藤氏がスポーツ報知の取材に応じ、けがや体づくりに向き合った4年間を語った。佐藤氏が治療の施術をしたラグビー元日本代表の堀江翔太氏(40)から、村瀬の元に届いた1通のメッセージが、夢へと導いた。

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 北京五輪で、17歳で銅メダルを取った村瀬だが、快挙の裏で右膝の痛みと闘っていた。五輪直後に出演したテレビ番組で「膝の痛みが…」と明かした。

 たまたま番組を見ていた堀江氏は、胸を痛めた。

 「まだ10代。膝が痛い中で戦っていたんだ…かわいそう」

 いてもたってもいられず、村瀬のSNSにメッセージ。これまで堀江氏は村瀬と接点がなく「無視されるかも」。堀江氏は、多くのラグビー日本代表の治療を行ってきたことでラガーマンから“ゴッドハンド”と感謝されてきた佐藤さんに相談した。

 「もし返事がきたら佐藤さん、何かしてあげてもらえませんか?」

 村瀬からはすぐに返事が届き、世界一に向けた体づくりが始まった。

 22年春、村瀬が京都府内にある佐藤氏の治療院を訪れた。痛めていた右膝を見ると「筋肉はやせていた。

ジャンプして着地するのに耐えられるレベルの膝の状態ではない。このまま滑っていたら痛い。あと1、2年で滑れなくなるほど」。競技継続が難しいほどの状態だったという。村瀬は中2の時に右膝の膝蓋(しつがい)骨を手術し、完治していない中で、約3年半痛みを抱えながら競技に励んでいたのだ。

 原因は手術した膝の骨の周りの筋肉が、正しい位置にないこと。スクワット1つ、負荷をかける箇所の角度をミリ単位でこだわった。

 「1ミリのズレで大きく変わる」と理解し「足の指のどこを使っている。何%の出力でバイクをこいでいる」と考え「細かく職人的な体づくり」と地道に励んだ。

 長年、思い悩んでいた右膝は、2、3か月で患部周囲の筋力がアップし、痛みが引いた。23年冬季Xゲームで負傷した左足首にも悩まされていたが、回復に4か月ほどの見通しが、佐藤氏との取り組みで約1か月半と「あり得ない早さで治った」と村瀬はいう。

 ビッグエア種目の空中技は女子で約8メートル飛び、大けがと隣り合わせの競技だ。

雪上練習に重きを置いたが、意識は変わった。2週に一度治療院を訪れたが、頻度は2倍に。岐阜から片道5時間運転し、妹・由徠と通った。空中技の着地は乱れる確率が高い中「(体勢が)5度傾いた時に5度で戻すか、1度で戻すかで違う」と体勢を戻す時に使う筋力を強化し、大けが防止につなげた。

 トレーニング量を増やした昨季は、世界選手権で金と銀。滑りの練習を大事にする中で、五輪シーズンも同じルーチンで臨んだ。「センスがありながら、それを支えるフィジカルが充実してきた」と佐藤氏。奇跡の復活ロードは金メダルにつながった。(宮下 京香)

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