◆ミラノ・コルティナ五輪 ▽ノルディックスキー・ジャンプ 混合団体(10日、イタリア・プレダッツォ)

  チーム一丸でつかんだ銅メダルだ。2022年北京五輪では、高梨沙羅(29)=クラレ=の失格の影響で、4位に終わったジャンプ混合団体。

重圧の中で挑む高梨を「キーマン」と位置づけ、小林陵侑(29)=チームROY=、二階堂蓮(24)=日本ビール=が盛り立てた。丸山希(27)=北野建設=を含めた4人が全員が大きなミスなくつないだ。

 日本が一つになって「北京の悪夢」を過去のものにした。それを知っているのは当時のメンバー、小林だけじゃない。若手の丸山、二階堂もテレビで高梨の姿を目に焼き付けていた。チームの全員がこの種目の意味を胸に刻み、それぞれが役割をこなし、銅メダルにつなげた。「屈辱を同じ舞台で晴らせた。北京は悔しかったけど、沙羅が一番つらかった」。小林がチームの思いを代弁した。

 「キーマンは沙羅さん」―。二階堂は小林と2人で試合前に話し、目に見えて緊張していた高梨の背中を支えた。「頑張る」と言う高梨に、「いや、沙羅さんは楽しく飛んでください。

僕がその分やってやりますから」と返した二階堂は1回目に103メートルの大ジャンプ。チームが安心して飛べるシチュエーションをつくった。小林も「いやいや、楽しもうよ」と空気づくりを意識し、復活の舞台を整えた。

 支えたのは選手だけではない。関係者によると、高梨は13位に終わった7日の女子個人ノーマルヒルでスーツと体の感覚が合わなかったという。「このままでは飛べない」と相談を受けたスーツ担当の技術者は急ピッチで調整。ミリ単位で膝部分は細く、太もも部分はゆとりを持たせて仕上げ、試合に間に合わせた。

 会場には、伊藤有希(土屋ホーム)も駆けつけた。高梨の2つ上の先輩。10代の頃から世界のトップシーンで戦い続ける姿を、間近で見続けた1人だ。メダルが決まると高梨を抱きしめ「頑張ったね」。北京の時はもちろん、初五輪だった14年ソチ五輪でもかけた言葉を、この日も向けた。

 「チームの力が背中を押してくれた」と勇気を得た高梨は2回ともK点(98メートル)付近まで飛んで貢献した。「ずっと団体戦は苦手だったけど、このチームだからできた。喜びを分かち合う素晴らしさを感じた。希ちゃんも陵侑も蓮くんもすごく力強い。チームの力が背中を押してくれた」と感謝した。全員で4位ドイツとの60センチ差を生み出し、銅メダルをつかんだ。

 98年長野五輪団体ラージヒル金メダルを獲得した原田雅彦(現全日本スキー連盟会長)は、94年リレハンメル五輪男子団体で失敗。銀メダルに終わったが、その4年後、雪辱して金メダルを手にした。日本スキー界に刻まれる4年単位の壮大なリベンジ劇。ベテラン、若手が融合した日本が悲劇を乗り越え、勢いづくのは間違いない。

 今大会、男女3種目を終えて3つのメダルを手にし、栄華を極めたその98年長野五輪の歴代最多4つに迫る。“シン・日の丸飛行隊”が、新たな歴史を紡いでいく。

(松末 守司)

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