◆ミラノ・コルティナ五輪 ▽スノーボード(12日・リビーニョ・スノーパーク)

 【リビーニョ(イタリア)12日=宮下京香】スノーボード女子ハーフパイプで銅メダルを獲得した小野光希は、9位に終わった2022年北京五輪の失意を雪辱への原動力としてきた。小野のミラノ五輪ロードを見守ってきた母・静恵さん(51)が歩みを振り返り、世界を目指し努力を重ねてきた小野の様子を明かした。

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 静恵さんは北京大会の時、交通事故で膝を骨折し入院中だった。「心配させたくない」と、競技が終わるまで小野には隠し、病院が用意した大スクリーンで見守った。

 表情が硬い―。画面越しにも伝わってきた緊張。不安は当たり、結果は9位にとどまった。直後に電話をかけてきた小野は「今まで何をしてきたんだろう」と泣いていた。静恵さんは「大舞台の経験が足りていなかった。私も悔しかった」と振り返る。

 静恵さんによると、小野がスノーボードを始めたのは5歳の頃。埼玉県の自宅から神奈川県の屋内練習場まで片道約2時間で、毎週末、夏休みはほぼ毎日、車で送迎した。冬は夜通し運転して岐阜や福島のスキー場に送り届けた。「ずっと一緒にいた。

自分もスタート地点に立っているような気持ちでいる」と語る。

 北京大会後、小野は高校を卒業し早大へ。競技専念の道もあったが、学業との両立を選んだ。授業を終えてから練習施設へ直行し、海外遠征中も夜遅くまで勉強した。静恵さんの目には「疲れていてもやらなきゃいけない状況に身を置いたことで、責任感が前より出てきた」と映る。

 メダルが確定した瞬間、小野は目を見開き、両手で顔を覆ってしゃがみ込んだ。抑えきれない喜びがあふれ出た。「いい顔で臨んでほしい」という母の願いどおり、堂々と観客の声援に応えた。

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