◆ミラノ・コルティナ五輪 ▽スノーボード・ハーフパイプ(13日・リビーニョ・スノーパーク)

 【リビーニョ(イタリア)13日=宮下京香】男子決勝が行われ、2022年北京五輪金メダルの平野歩夢(TOKIOインカラミ)はメダル獲得を逃した。2回目にフロントサイド・ダブルコーク1620(4回転半)の大技を決めて86・50点の高得点をマークも、1回目と3回目は無念の転倒。

7位で4大会連続の表彰台には届かなかった。ランを終えた平野は「無事、生きて帰って来られて良かった。ほんと、それだけです」と振り返った。

 五輪前最後の実戦となった1月のW杯で転倒し、右骨盤骨折など大けがを負った。11日の予選は7位で通過し、この日の決勝では表彰台には届かず。14年ソチから4大会連続となるメダルは得られなかったエースだが、最後まで諦めずに戦い抜いた。

 22年北京五輪で日本スノーボード界初の金メダルの夢をかなえた平野歩は、“夢の先”として、ミラノ・コルティナ五輪への挑戦を表明した。連覇以上に意識するのは「自分の限界への挑戦」。この4年間スノーボード以外の私生活も含め、全てをささげてきた。

 しかし、ミラノ五輪直前で悪夢が襲った。1月17日の五輪前最後の実戦となったW杯スイス・ラークスで転倒があり、右骨盤など複数個所の骨折、左膝などの打撲と大けがを負った。痛めた左膝は大きさが2倍ぐらいに腫れ、「トイレに行くのも一苦労」と松葉づえや車いすの生活を強いられた。

日本に緊急帰国し、リハビリに励んで段階的に練習を再開。「戻れる可能性が1%でもあるならば、ここに来て滑りたい」と諦めずに前を向き、驚異的な回復力を見せてきた。

 ミラノ五輪に向けてイタリア入り後は、8日の会場での公式練習で雪上に復帰し「(技では)痛みが出る方向があった」と全快ではなかったが、3日間の公式練習はいずれも約3時間ずつ滑り込んだ。11日の予選では、本来の構成から難度は下げたものの、難技の「キャブ・ダブルコーク1440」(利き足の逆側が前で、腹側に回り、斜め軸に縦2回転、横4回転)を2本とも決めるなど7位で決勝に進んだ。最後まで執念を見せたエースの復活劇は、色あせない記憶に刻まれた。最終3回目に転倒後、観客からは「ありがとう」というあたたかい声がかけられていた。

 ◆平野 歩夢(ひらの・あゆむ)1998年11月29日、新潟・村上市生まれ。27歳。4歳の時、3つ年上の兄・英樹(えいじゅ)さんの影響でスケートボードを始め、その半年後からスノーボードを始めた。2014年ソチ、18年平昌五輪のスノーボード・ハーフパイプ(HP)で2大会連続の銀メダル。新潟・開志国際高を卒業後、日大スポーツ科学部に進学。東京五輪はスケートボード・パーク予選14位で敗退。

22年北京五輪HPで日本スノーボード界初の金メダル。165センチ。

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