◆ミラノ・コルティナ五輪 ▽スピードスケート(15日、ミラノ・スピードスケート競技場)

 女子500メートルが行われ、初出場の山田梨央(直富商事)は、37秒78で9位だった。18年平昌五輪金メダルの小平奈緒さんと同じ結城匡啓コーチに師事する28歳。

目標としたメダル獲得とはならなかった。

 長野・諏訪市出身で、5歳の時に両親の勧めで競技を始めた。伊那西高に進んだのは憧れの小平さんの影響が強い。同じ信州大に進み、その後は結城コーチの下で技術を磨き、28歳で初の五輪切符をつかみ取った。「なかなかここまで来ることができず、悔しい思いをしていた」と話していた。

 9日の1000メートルでは7位入賞と健闘。レース前は緊張に襲われていたが、スタートラインに立った際に信州大時代に亡くなった父のことを思った。「お父さん、どこからでも見たい放題だなと思ったら、緊張が消えた」と父への思いが大きなパワーとなった。目標としていたメダル獲得には届かなかったが、「自分ができる最大限の滑りができた。ちょっとは褒めてもらえるかな」と話していた。「本当にかけがえのない経験だった」と感慨に浸った。

 23年には長年悩まされた足首の捻挫の改善のため、シーズン途中だったがメスを入れた。

術後1か月ほどは松葉づえ生活が続いたが、「応援してる」と周囲の声に背中を押され、リハビリや練習を重ね、24年シーズンにはW杯同種目で初の表彰台入りを果たした。

 ミラノ五輪へ向けて、様々な調整を重ねた。直線を滑る際は短距離選手としては珍しく、手を後ろに組むバックハンドで滑る。今季は3000メートルからレースに出ており、その際にバックハンドを用いた。いい感覚で滑ることができ、本職の短距離でも活用している。年明けにはブレード(刃)を柔らかいものに変更し、今大会に照準を合わせてきた。五輪開幕前には「最高のパフォーマンスを出すことに、最後の最後まで力を注いでいきたい」と話していた。目標は達成できなかったが、五輪で滑る姿を再び父に届けた。

 ◆山田 梨央(やまだ・りお)1997年7月10日、長野・諏訪市生まれ。28歳。5歳の時、両親に勧められ競技を始める。伊那西高―信州大。

20年四大陸選手権1000メートル2位。24年シーズン同種目でW杯3位。憧れは小平奈緒さん。趣味はピラティス。156センチ。

編集部おすすめ