◆ミラノ・コルティナ五輪 ▽スノーボード(17日・リビーニョ・スノーパーク)

 【リビーニョ(イタリア)17日=宮下京香】女子スロープスタイル(SS)決勝が行われ、村瀬心椛(ここも、TOKIOインカラミ)が銅メダルを獲得。10日のビッグエア(BA)ではスノボ女子日本勢初の金メダルを獲得しており、2種目表彰台の快挙を達成した。

 同種目は15日の予選が悪天候予報を考慮して1日前倒しで行われ、17日に予定していた決勝も天候不良のため、競技開始まで2時間を切った中で延期が発表された。コンディション調整なども難しい状況下で女王は果敢にチャレンジし、メダルを取りきった。

 レールなどのジブとジャンプ台が組み合わさった種目。雪辱戦の舞台でもある。17歳で初出場した22年北京大会は決勝全ての試技で転倒し、10位。「今でも思い出したくない」。時に革ジャンを着てで出たり、人と違う見せ方を追求する村瀬にとって渇望するタイトルで「悔しい気持ちをぶつける」と燃えていた。

 高回転時代の先駆者としてけん引してきた。小学6年時に出た大会でバックサイド(BS)の1080(背中方向に横3回転)の大技に成功すると、世界からの注目を高めたのが、13歳だった18年冬季Xゲームだ。BA決勝で難しいとされるBSのダブルコーク1260(背中方向から斜め軸に縦2回転、横3回転半)を世界で初成功。「どんな技でも世界で最初にやるということは、強く思っている」。成功者の技の映像を手本に習得できる2人目以降ではなく、いつだって「最初」にこだわってきた。

 23年1月の冬季Xゲームで転倒し、左足首を負傷した。固定ボルトを2本入れ、その2か月後の世界選手権は欠場を余儀なくされた。当時は「メンタルもやられ、一番苦しかった」という。それでもリハビリの期間、岐阜の実家で過ごし、両親や妹・由徠(ゆら)に「心椛なら絶対にできるし、皆信じている。心椛らしく楽しく」と励まされた。骨折が早く回復するようにと、母は焼き魚などカルシウム満載の食事で支えてくれた。焼き魚が苦手な村瀬も「うわ~マジか~!?」と思ったそうだが、母は「バター醤油味」などで食欲をそそる味つけをし、食卓にならべてくれた。「味付けがうまいんで、しっかり食べる」と前向きになれた。

 10日のBAで、スノボ女子初の金メダルを獲得。「現実じゃないんかってくらい、夢見てるんじゃないかってくらい、ものすごくうれしくて…」と笑顔を見せ、金メダルの瞬間は「最高でした」と爽快に振り返っていた。苦難を乗り越え2種目めも気持ちを切らさずに挑んだ。快挙達成に、満開の笑顔だった。

 ◆村瀬 心椛(むらせ・ここも)2004年11月7日、岐阜市生まれ。21歳。4歳でスノーボードを始め、小学4年時の15年にプロとなり、18年冬季Xゲーム、ビッグエアを13歳で最年少優勝。18年世界ジュニア選手権でスロープスタイル(SS)、ビッグエア(BA)2冠。初出場した22年北京五輪のBAで日本女子の冬季五輪での史上最年少17歳で銅。25年世界選手権BA金、SS銀。ミラノ五輪BA金メダル。岐阜第一高卒。153センチ。

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