◆ミラノ・コルティナ五輪 ▽ノルディック複合(日本時間19日、テーゼロ・クロスカントリー競技場)

 【バルディフィエメ(イタリア)19日=松末守司】男子団体スプリントで、五輪最後のレースとなった渡部暁斗(37)=北野建設=が山本涼太(28)=長野日野自動車=と組んだ日本は6位だった。2人一組で争う新種目の前半飛躍(ヒルサイズ=HS141メートルで)で渡部は119メートル、山本は125・5メートルで3位につけたが、1・5キロずつを交互に5回滑る後半距離(15キロ)で順位を落とした。

個人2冠のJ・オフテブロらのノルウェーが制した。

 桜の花がバルディフィエメの地で見事に散った。五輪で4個のメダルを持つ渡部の五輪が、幕を閉じた。 「花びらが数枚残っていたのが、最後全部散った。満開にはならなかったけど、最後の1枚が散るところまで皆さんに見ていただいて、苦しかったけど、戦い抜いた価値はあったかなと思います」。

 大雪が降る中、前半飛躍で3位につけた。トップと21秒3の後半距離。5位に順位を落として迎えた渡部の2周目に日本を含めた2位集団が先頭のドイツに追いついた。メダルも見えてきたが、山本の4周目に前にいたドイツ選手の転倒に巻き込まれ転倒。6位に後退し、前ははるか遠くにいってしまった。最後、山本がゴールすると渡部が歩みより肩をたたいて「しょうがない。よく頑張った」と声をかけ後輩をねぎらった。

 約20年の長きにわたる五輪への挑戦は、あくなき探究心が支えてきた。地元開催だった98年の長野五輪に憧れて競技を始めた。どうすればより遠くへ飛べるのか? 自問自答の日々が始まった。幼少期、人の形を紙でつくり階段の上から飛ばした。どういう形なら一番飛ぶのか、探る毎日。それは今も変わらない。昨春、体を立体的にイメージするため骨格標本を眺めた。「20年やってようやく体のことが分かった」と笑った。

 イタリア入り後も経験に裏付けされたたくさんの引き出しを開け、試行錯誤した。その姿を目の当たりにしてきた山本は、複合ニッポンの未来を託されている。「自分の競技人生の核を見つけていけたらいいというのが、暁斗さんを見ていて思う」。

 渡部は最後にW杯に出場する。

「いい人生だった。今、死ぬ前ってこう思えたらいいなって思っています。これから先もこう思えるように生きていきたい」。追い求めた「コンバイン道」をまっすぐに走り続けた第一人者が、夢舞台に別れを告げた。

◆暁斗に聞く

 ―率直な気持ち。

 「『最後の五輪どうですか』って、ずっと聞かれ続けていたが、そこまで考える余裕がなかった。感傷に浸りながら戦える舞台ではないので、そこまで考えられなかったが、ここに来て終わりを感じています」

 ―悔しさが残ってる。

 「充実感もありつつ、悔しさもありつつ、もうないのかっていう寂しさもありつつ、いろんな感情が交ざって押し寄せている」

 ―レース展開は。

 「いやあ面白かったですね。まさか先頭集団に追いつくとは思わなかったし、すごくプレッシャーを感じながら楽しく滑れました」

 ―最後の五輪だった。

 「メダルがなくても、応援してもらえてたんだというのは感じた」

 ―「何のためにスキーを?」。自問自答を続けた答えとは。

 「僕の姿を見てくれた人それぞれ思うところがあると思う。色んな見方ができるような戦いをしてこれた」

 ―若手へのメッセージ。

 「思うようにやってほしい。僕のことを真似るとか参考にするとかではなく、それぞれキャラクターがありますし、それぞれの形で競技人生を歩んでほしい」

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