◆プロボクシング ▽WBA世界スーパーライト級(63・5キロ以下)タイトルマッチ12回戦 〇王者・ゲーリー・アントゥアン・ラッセル(判定)同級1位・平岡アンディ●(2月21日=日本時間22日、米ラスベガス、T―モバイル・アリーナ)

 世界初挑戦のWBA世界スーパーライト級1位・平岡アンディ(29)=大橋=が、WBA同級王者ゲーリー・アントゥアン・ラッセル(29)=米国=に0―3の判定負け。1992年4月にメキシコでWBA世界同級王座を獲得した平仲明信(沖縄)以来、日本のジム所属選手としては4人目となる同級世界王者を目指したが、層の厚い中量級の世界の壁に阻まれた。

 戦績は平岡が24勝(19KO)1敗、ラッセルが19勝(17KO)1敗。

 サウスポー同士の対決。リーチで13センチ上回る平岡が、序盤からジャブを伸ばし、好戦的なラッセルの前進をストップ。徐々にプレスを強める王者の連打に、接近戦でも冷静に対応した。中盤もジャブの差し合いでは互角以上に渡り合った。5回には右フックでぐらつかされたが、7回には接近戦で左右ボディーの連打をたたきつけた。終盤に入り、接近戦での細かい連打を重ねる王者に対し、平岡もボディーで対抗。10回、平岡の右アッパーが下腹部に入り、ローブローによる減点1が科された。11回、平岡はギアを上げて終了間際に右ストレートをクリーンヒット。最終12回も平岡は攻め続け、試合終了のゴングを聞いた。ジャッジの採点は、117―110、116―111×2で3者ともラッセルを支持した。

 紆余(うよ)曲折を経ての世界初挑戦だった。

 24年9月、WBA世界スーパーライト級挑戦者決定戦で同級暫定王者イスマエル・バロッソ(ベネズエラ)に9回TKO勝ちし、王者への指名挑戦権を獲得した。

 その後も世界挑戦の機会はなかなか訪れなかったが、昨年11月14日(日本時間15日)に米マイアミでラッセルに挑戦することが決まった。しかし平岡が渡米を予定していた同月4日、急きょ興行の中止が決まり、ラッセル戦も延期となった。

 指名挑戦権獲得から1年5か月。ようやくラスベガスで待ちに待った世界初挑戦が決まった。ただ、思わぬ困難も立ちはだかった。当初、試合の約10日前に渡米する予定だった。しかし、米国による入国制限措置の影響でビザ取得が遅れ、試合2日前の19日に現地入りする慌ただしいスケジュールを余儀なくされた。日本出国時に「時差が…とネガティブになるより『やるっしょ』っていう気持ちになっていた方が試合にはいい。もうやるしかないんで」と話していたが、現地で時差調整を行う期間もなくリングに上がることとなった。

 平岡は10歳の頃、TBS系バラエティー「さんまのSUPERからくりTV」に出演。現在もトレーナーを務める父ジャスティス・コジョ氏から怒られて落ち込んでばかりの「気弱なボクシング少年アンディ君」として、人気を博した。

 「ラスベガスで世界戦をするのは、自分が描いてきた夢だった」。19歳で単身渡米し、ロサンゼルスでスパーリング合宿を敢行。19年11月と20年10月にはラスベガスのリングに上がった。そして29歳で“聖地”で世界に挑んだ。夢にはまだ、続きがある。いつの日か、中量級の分厚い壁をぶち壊し「世界のアンディ」となる。

 ◆平岡アンディ(ひらおか・あんでぃ)1996年8月8日、横浜市生まれ。29歳。元アマチュアボクサーでガーナ系米国人の父ジャスティス・コジョ氏の影響で4歳からボクシングを始める。中学から陸上の中距離で活躍。横浜高時代には国体出場。高校在学中の13年12月に花形ジムからプロデビュー。

15年から米ロサンゼルスで修業し、16年9月に大橋ジムに移籍。17年11月、日本ユース・スーパーライト級王座獲得。21年10月、WBOアジアパシフィック・日本同級王座獲得。身長182センチの左ボクサーファイター。

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