ロックバンド「LUNA SEA」の真矢(しんや、本名・山田真矢=やまだ・しんや)さんが17日に死去していたことが23日、バンドの公式サイトで発表された。56歳だった。

葬儀は近親者のみで執り行ったといい、後日にお別れの会を予定している。

 日本のロック界を席巻したドラマーがこの世を去った。同サイトは「LUNA SEAのかけがえのないドラマー 真矢が、2026年2月17日 18時16分 永眠いたしました。2020年にステージ4の大腸がん、そして昨年には脳腫瘍も発覚し、7回の手術や治療を継続してきましたが、56年の人生に幕を下ろしました」と報告。「懸命なリハビリを続け、3月のライヴではドラムを叩くことを目指していた中、容態が急変し、あまりにも早い旅立ちでした」とした上で「生前、真矢は『また必ず5人でステージに戻る』と、誰よりも強く再起を信じ、病魔に立ち向かっていましたその不屈の精神と、最後まで絶やさなかった太陽のような笑顔は、僕達メンバー、そしてスタッフ全員の希望の光でした。彼が35年以上にわたって刻み続けた魂のビート、そして音楽への深い愛は、これからもLUNA SEAの物語の中で、決して鳴り止むことはありません」と功績をたたえた。

 真矢さんは昨年9月8日、自身のSNSなどで脳腫瘍を患っていることと、20年に大腸がんのステージ4と診断されていたことを公表。既にがんで7回の手術を受けていたことを明かし、事実上、演奏活動から身を引いた。

 懸命な治療を行いながらもイベントなどには精力的に参加し、同27日には自身のドラム活動のルーツでもある「秦野たばこ祭」に車いす姿で登場。集まったファンの前で「必ず復帰します」と力強い声で宣言し、前を向いて気丈に振る舞う不屈の精神を見せていた。

 真矢さんは1970年生まれの神奈川・秦野市出身。6歳の頃、地元の「秦野たばこ祭」で和太鼓に触れたことなどをきっかけとしてドラムに興味を持ち、高校生の頃から本格的にドラムをたたくようになった。

 1989年に同じ秦野市出身で同じ高校に通っていたSUGUZO、INORAN、Jと神奈川・大和市出身のRYUICHI(河村隆一)とのバンド「LUNA SEA(当時はLUNACY※読み同じ)」でドラマーとして活動を開始。東京・町田市のライブハウス「町田PLAY HOUSE」に拠点を置き、約3年間にわたってインディーズで曲作りや演奏に汗を流した。

 92年5月21日にアルバム「IMAGE」でメジャーデビュー。瞬く間に人気バンドとなり、95年に初開催した東京ドーム公演では5万人を動員した。

 しかし、96年12月23日に開催した横浜スタジアム公演をもってバンドとしての活動を一時休止。「充電期間」と位置づけ、それぞれのメンバーがソロ活動に専念した。

 自身は翌97年にソロシンガーとしてデビュー。秋元康氏がプロデュースしたアルバム「No Sticks」をリリースするなど、歌声でもハイレベルな音楽を届けてきた。

 約1年の時を経て、同年12月17日にバンドの活動再開ライブを開催。98年12月には、2日間の東京ドーム公演で計10万人を動員し、大みそかのNHK紅白歌合戦にも初出場した。

 だが、2000年11月にメンバー間の音楽に対する考え方の違いから、解散を意味する「終幕」を宣言。東京ドームでラストライブを行い、12年間のバンド活動に終始を打った。

 それでも、07年に一夜限りの復活として東京ドーム公演を開催。10年にはバンド活動を再開させた。

 以降はコンスタントにライブ活動を行い、ファンを魅了。昭和から平成、令和にわたって質の高いドラムパフォーマンスで一時代を築いてきた。

 音楽活動以外では、持ち前のトーク力を生かしてバラエティー番組にも度々出演。他にも、ラーメン店「天雷軒」をプロデュースするなど、マルチな才能を発揮してきた。

 プライベートでは、2000年5月に元モーニング娘。でタレントの石黒彩と結婚。3人の子宝にも恵まれた。

 ◆真矢(しんや)本名・山田真矢。1970年1月13日、神奈川県生まれ。89年、河村隆一(RYUICHI)らと5人組バンド「LUNA SEA」を結成しドラムを担当。

92年、アルバム「IMAGE」でメジャーデビュー。97年「落下する太陽」でソロシンガーデビュー。2000年5月、元モーニング娘。の石黒彩と結婚。00年に長女、02年に次女、04年に長男が誕生。血液型O。

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