第25回冬季五輪ミラノ・コルティナ大会は22日夜(日本時間23日未明)に閉幕した。世界遺産のベローナ市街にある古代ローマ時代の円形闘技場で閉会式が行われ、ミラノとコルティナダンペッツォの2か所に17日間ともされた聖火が消えた。

日本選手団は計24個のメダル(金5、銀7、銅12)を獲得。金5個は1998年長野大会に並ぶ最多で、総数は冬季最多だった前回北京大会の18個を大きく超え、獲得数でも通算100個に達する記念大会となった。開催規模で史上初の「超広域開催」となった今大会を、五輪担当の松末守司キャップが検証した。

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 史上初めて複数都市、自治体名がつき、異例の広域開催で行われた冬季五輪が幕を閉じた。回を増すごとに増大する経費、環境問題、持続可能性を問われ、五輪の未来をも託された大会だったと思えた。日本は北京五輪のメダル数18個を大きく上回る24個(金5、銀7、銅12)のメダルを獲得し、明け方の日本列島は沸いた。結果を見れば選手おのおのの受け止め方の違いはあれど日本にとっては「大成功」だったといえる。

 06年トリノ以来、20年ぶりに冬季五輪を開催したイタリア。競技会場が4つのエリアに分散する広域開催となった今大会は各地で連日の盛況だった。大会組織委員会によると、チケットは総数の9割近い130万枚が売れた。施設のほとんどを既存、仮設で対応して経費を削減。気候変動やコスト増大の課題に直面する雪と氷の祭典の新たなモデルを示した。

ある意味、エコだが、イベント会場を改造したスピードスケートの会場は「リンクがポコポコしてる」と選手から不満の声が上がったが、大きな問題はなかった。

 では、今大会が掲げたテーマ「都市と自然、伝統と技術の調和」はクリアできたのだろうか。

 広域ということもあり、各会場の移動は困難を極め、過去のようにいろんな競技を見て回ることはほぼ不可能だった。交通網も整備されているとは言いがたく、訪問者の移動の負担は相当なもの。同業他社の日本メディアからは「これって国際総合大会なの? ふつうの単体競技の世界選手権と変わらない」との声が上がり、かつての五輪のイメージは様変わりした。

 ただ、好意的な声もある。ある外国メディアは「分散開催は今後のモデルになると思う。負担も減り開催できる都市が増えていいのでは」と話した。財政負担は五輪誘致の大きな妨げになっている。受け入れることもまた一つの新たな形になるのだろうか。

 私が担当したノルディックスキーはミラノから直線距離にして約250キロメートル離れた北部の山間部。13年前世界選手権取材で訪れた時、街は確かに雪で覆われていた。

平地でも広場があればスキーを楽しむ人がいたが、今回は気温が8度まで上がる時もあり、雪は日を追うごとに消えていった。ホテルの従業員は「スキー客は減っている」と嘆いていたが、会場は人工雪でまかなっているのが現状。今後ますます雪不足が加速する。周囲に雪のないジャンプ台を見て、自分に何ができるのかが問われている。五輪後の環境問題への意識の持続も必要だ。

 コロナ禍を乗り越え迎えたパリ五輪は平和を象徴とする大会だった。夏開催がその役割を担うなら、冬季は世界の自然、環境に目を向ける大会と言えよう。ともにスポーツの祭典の枠を越え、人類の進むべき方向を指し示すための一助になるのがスポーツの力だ。大げさではない。世界が手と手を取り合い、結果を越えて示した心の「調和」が、今後の未来予想図を変えていく。今大会がその道しるべになることを祈りたい。(松末 守司)

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