ロックバンド「横浜銀蝿」のJohnny(67)が、40年ぶりにソロ活動を本格始動させている。1980年代前半にバンドのギターとして脚光を浴びた一方、88年からは所属レコード会社「キングレコード」の社員として勤務。

2013年からは同社の関連会社で約10年間、社長も務めた。ツッパリ時代からビジネスの世界を経て、表舞台に立った心境や今後の野望などについて語った。(松下 大樹)

 渋みを感じさせる白髪にサングラス姿。スラッとしたスタイルが映える黒のパンツと白のジャケットを身にまとい、全身からイケおじオーラがにじみ出ていた。

 1月に40年ぶりのソロアルバム「ヨコハマ・グラフィティ」を発売した。「この年で新アルバムを出そうとも思ってなかったし、出せると想像もしてなかった。すごいことですよね」。自身が作詞作曲を手がけ、嶋大輔(61)が歌ったヒット曲「男の勲章」をセルフカバーするなど8曲を収録。新曲「二十才の頃」など青春感漂う曲を並べ「昔の青春のかけらたちを共有してもらいたいです」と思いを込めた。

 65歳を迎えた2023年、10年間務めたキングレコードの関連会社「ベルウッド・レコード」の社長を退任。今作は当時の部下たちによる提案がきっかけだった。「(1981年にリリースしたソロデビュー曲)『ジェームス・ディーンのように』から45年ですし、アルバム出しませんか?と。

大体、会社を辞めた後って煙たがられるじゃないですか。それなのに、後輩たちが面白がって一生懸命作ってくれたのが何よりもうれしくて」。サングラス越しでも分かるほどの満面の笑みを輝かせた。

 79年、高校の同級生だった翔(67)らとロックバンド「T .D.C .D.R .D.横浜銀蝿R .D.S」を結成。活動予定は2年と区切り、日本武道館公演、オリコンのアルバムランキング1位獲得などを目標に掲げ、翌80年にデビューした。

 当時の「ツッパリブーム」の中、不良オーラ全開の音楽とリーゼントヘアに革ジャンのスタイルで人気を呼び「ツッパリHigh School Rockꐏ Roll(登校編)」でブレイク。「横浜の単なる不良ができるわけないと思っていたけど、真剣に一生懸命やって夢がかなっていくとうれしかった。すごく充実してました」。当初の予定より1年長くかかったものの、目標を達成させた83年に解散した。

 その後はソロアーティストとしての活動に専念。しかし、バンド時代のようにうまくはいかず生活は困窮した。結婚して息子が生まれていたこともあり、30歳で表舞台から身を引くことを決意。

「かみさんとは高校の時から付き合っていて、横浜銀蝿の時からずっと支えてもらった。ここまで頑張って結果が出なかったら、今度は俺が家内と子供のために頑張らなきゃいけないなと思いました」。本名の浅沼正人として、自身の所属レーベルでもあったキングレコードに社員として入社した。

 制作部門に配属され、プロデュース業などを担当。「音楽史に残るアーティストに携われるまで歯を食いしばって頑張ろうと思った」。その間、横浜銀蝿はJohnny以外のメンバーで結成20、30周年を迎える度に再集結し、自身も誘いを受けたが「志が達成できる前に表舞台に立つのは違う」と断り続けた。

 その真っすぐな姿勢は実を結び、アイドル界を席巻したAKB48や、「トイレの神様」が大ヒットした植村花菜(43)など音楽界の歴史に名を刻むアーティストを輩出。2013年には関連会社の社長にまで上り詰めた。「レコード会社でやっと成就できたかなと」。胸を張れる実績を残し、19年の40周年時に3度目の誘いでようやくバンド再集結に応じた。「気持ち良く参加できた」とステージに復帰した。

 久々に人前でギターを弾いた感想は「音楽って楽しいなって」。

その理由は、裏方を長年経験したJohnnyならではだった。「バンド組んだ時って、純粋に『こんな音楽やったら楽しいよね』というところから始まるけど、レコード会社で役職が上がると『好きか嫌いか』じゃなくて『売れるか売れないか』になってくる。ビジネスになってくるから、ストレス以外の何者でもなくなるんですよね」。無心で音楽に触れたことで、勢いで突き進んでいた若かりし頃の童心を取り戻すことができた。

 そんな充実感を携え、3月21日からは全国3都市を巡るソロツアーも予定している。ソロライブは約40年前に一度開催しただけで、ツアーとして行うのは人生初。「新人の気持ちでいます」と緊張感もにじませつつ、記者から「“オールドルーキー”ということで良いですか?」と問われると「オールドルーキー、良いですね! それ使っていこう」と声を弾ませた。

 一つ、大きな野望がある。「『Johnny、カッコイイな』と思わせたいなと。見に来るのは、50代中盤から60代前半くらいの方が多いと思うんですけど、若い子が来てくれた時に『あのおっさん、カッコイイ』と思われたい」。ただ音楽を届けるだけでなく、ビジュアル面でも「現役感がないのは嫌」とウェートトレーニングにも取り組んでいる。

 横浜銀蝿40周年のステージを見に来た息子の言葉が忘れられないという。

「『オヤジ、カッコイイ』って言ってくれた。その子が生まれたことによって裏方になったから、一回も自分のステージ姿を見たことがなかったわけじゃないですか」。そう話すと、しみじみかみ締めようにつぶやいた。「うれしかったですね~」

 表に立つ以上、「格好良くありたい」という思いは年齢を重ねても何一つ変わらない。「今年で68歳になりますし、ここから50年は絶対できない。数年間だけですけど、気持ちが保てるうちはずっと格好良くありたいです」。ニヤリと白い歯をのぞかせながら続けた。「夢は焦がしたくないなと」。長い月日を経て、もう一度カッコイイ姿をステージで見せつける。

 ◆Johnny(ジョニー)本名・浅沼正人。1958年5月9日、横浜市出身。67歳。

79年、「T.C.R.横浜銀蝿R.S」を結成。80年、シングル「横須賀Baby」、アルバム「ぶっちぎり」でデビュー。81年、「ジェームス・ディーンのように」でソロデビュー。83年、「横浜銀蝿」を解散。88年、キングレコード入社。2013年、関連会社「ベルウッド・レコード」の社長に就任。23年、同社の社長を退任。趣味はゴルフ、釣り。

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