◆報知プレミアムボクシング▽ニューヒーロー第10回 WBOアジアパシフィック・スーパーライト級王者・李健太

 今年1月、日本王座に続きWBOアジアパシフィック・スーパーライト級王座を獲得した李健太(30)=帝拳=が、アジア2冠を達成した(日本は返上)。プロデビューから12戦して、いまだ負けなし。

常に足を動かし、ジャブから試合を組み立てる堅実なスタイルが持ち味だ。ディフェンスでは上半身を柔らかく動かし、パンチを巧みにかわす。高校時代、日本記録となる62連勝をマークしたテクニシャンは、ワンランク上のボクシングを求め、日々、課題に取り組んでいる。スーパーライト級(63・5キロ以下)の世界王者は、30年以上にわたり空白が続く厳しい階級だが、高いハードルにも「目標は世界」と明言した。

 誰もが認めるテクニシャンだ。試合を見ても、確かにボクシングがうまい。だが、もっと先に目標を定める李の自己採点は、思いのほか厳しい。

 「今はまだ自分が満足する試合ができていない。もっと実力を示して、みんなに認めてもらいたい。うまいだけで終わりたくないし、うまさの中に強さや荒々しさを出していきたい。倒す、倒さないではなく、インパクトのある一発、一発が必要だと感じている」

 足を止めずに動き続けるのがセールスポイントだ。柔らかい上半身が加わり、相手のパンチを足と上半身でかわす。

前に出てくる相手には右ジャブを突き刺し、瞬時に動く。相手にとっては、難敵だ。一昨年4月、当時の日本チャンピオン・藤田炎村(ほむら)に挑戦した試合は見事な内容で王座を手にした。パワーを前面に押し出し、プレッシャーをかけてきた藤田に対し、ジャブで動きを止め、左右に動くことで空回りさせた。「あの試合に限っては少し満足感があった」と振り返るように、リング上でマタドール(闘牛士)となり、主導権を握り続けたのだ。

 二男、五女の7人きょうだいで、ボクシングを始めたのは中学1年の時。上から6番目の李は、サッカーでけがをしたタイミングで、ボクシングをしていた上から4番目の兄から転向を勧められ、週1回のボクシング教室に通い始めた。大阪朝鮮高に進学すると、1年の選抜大会予選から、3年の国体(現国スポ)で優勝するまで日本記録となる62連勝をマーク。記録が途切れたのは、卒業前に出場したブルガリアでの世界ユース。大記録がストップした瞬間に思ったことは、「あっ、負けたか、ぐらいです。さほどショックでもなかったし、いずれは負けると思ってましたから」と周囲が騒ぐほど、連勝記録にこだわりはなかった。日大時代は1年からレギュラーとして活躍し、リーグ戦の連覇がスタート。

4年時は副将を任され、主将はアマ世界王者となり、プロでも同門となる坪井智也が務めていた。

 リミット63・5キロのスーパーライト級は世界的に層が厚い。欧米の選手が主流で、過去に日本ボクシング界から誕生した世界王者は藤猛(リキ)、浜田剛史(帝拳)、平仲明信(沖縄)の3人のみ。先月21日にラスベガスで平岡アンディ(大橋)がWBA王座に挑んだが、善戦むなしく判定負け。平仲の王座奪取(1992年4月)から30年以上、新チャンピオンは誕生していない。アジアで最高峰の立場だからといって、簡単に世界挑戦できるクラスではない。そんな事情は百も承知した上で、李は言った。「難しい階級ということは分かっているが、自分の最終目標は世界です」。そして、スーパーライト級の世界チャンピオンたちと、自身の違いにも言及した。

 「パンチ一発、一発のパワーと、体の強さが違う。ただ、うまさ(テクニック)という面では、ある程度手応えを感じている」

 世界を狙っているからこそ、フィジカルトレーニングを再開した。「体がぶつかり合った時に負けない強い体を作る」ためだ。

アマ時代は積極的に取り組んでいた筋力トレーニングだったが、大学2年の時に腰のヘルニアを患い中止した。プロ入りしてすぐに再開したが、腰痛が再発したことで中断。だが、「このままでは現状を打破できない」と1年半前、腰への負担を軽減しながら、世界を見据えたフィジカルトレーニングと向き合い始めた。「押し合いになった時に負けなくなったし、パンチを受けた時の体のブレが少なくなった」と試合の中での成果を実感している。

 一撃で相手を仕留めるハードパンチャーではない。だからこそ、世界のトップレベルに近づくためには、パンチの質をワンランク上げる必要性を感じている。「これから先はインパクトのある一発を、要所要所で出せるかが勝負になってくる。体とパンチのパワーを伸ばせれば、必ず上(世界)で戦える」と信じる。昨年7月に結婚した黄世奈(ファン・セナ)さんが4月に第1子を出産予定。プライベートの充実を追い風に、世界の舞台を手に入れるまで、覚悟を持って勝ち続ける。(近藤 英一)

 ◆李健太(り・ごんて) 1996年3月9日、大阪府東大阪市生まれ。中学1年からボクシングを始め、大阪朝鮮高時代に高校6冠を達成。

日本記録となる62連勝もマーク。日大を経て2019年2月にプロデビュー。24年4月に藤田炎村を判定で下し、日本スーパーライト級王座を獲得。2度防衛し返上。今年1月には永田大士を判定で下し、WBOアジアパシフィック同級王座も獲得。戦績はアマが102勝10敗、プロは11勝(2KO)1分け。身長180センチの左ボクサーファイター。

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