お笑いタレントの森脇健児(59)が3元号で頂点に立った。8日に放送されたフジテレビ系「千鳥の鬼レンチャン」(日曜・後7時)の企画「第1回シニア300m走サバイバルレンチャン」で勝利。

これにより昭和(61年=1986年、テレビ朝日系「ビートたけしのスポーツ大将」100メートル走全国大会優勝)、平成(15年=2003年、TBS系特番「オールスター感謝祭」の「赤坂5丁目ミニマラソン」初出場初Vなど優勝3回)に続き、令和でもバラエティー番組の陸上競技企画でタイトル奪取。スポーツ報知の独占取材に応じ、感動の舞台裏を熱く語った。(田中 昌宏)

 ゴールの瞬間、森脇は最後の力を振り絞った。「デンジャラス」ノッチ(60)との対決となった決勝は、胸を突き出してデッドヒートを制した。昨年4月に右膝を手術。入院時にわざわざ兵庫の病院まで見舞いに来てくれた番組MCの「かまいたち」濱家隆一(42)も涙ぐむ感動のフィナーレとなった。

 「どうしてもこの番組で優勝したかったんですよ。昭和、平成と来て、令和でまだタイトル取ってなかったから」。まだ右膝に痛みがあった。出演オファーには「トランプマンには勝てますが、1レンチャンでもいいですか?」と弱気に応じた。収録当日も「のむ!打つ!入れる!」とネタにする内服薬、注射、座薬の“痛み止め3点セット”でだましだましのラン。準々決勝は「陸上競技人生で初めて転倒」したが「気がついたら前方回転受け身でクルッと立ち上がってた」。

笑いの神様にも愛され、頂点まで駆け上がった。

 「―鬼レンチャン」のおかげで新たなファン層が出現した。「50代後半になってから小学校低学年の子らに『写真撮ってください』『サインください』と言われるようになるとは思わなかった」。膝を痛めて手術をしようかどうか迷っている大人たちにとっては、希望の星になっている。「森脇さんがいなかったら僕のランライフは存在しない」というハリー杉山(41)ら、仕事の幅を増やしてくれた“師匠”に感謝しているタレントも多い。

 「これで燃え尽きるかと思ったら、ますます練習に身が入ってますね」。目標はライフワークの「赤坂5丁目ミニマラソン」だ。今春は4月4日に生放送予定。「優勝したいですね。50代でホップ、60代でステップ、70代でジャンプ、80代でウィニングランや!」。東京、大阪での「昭和、平成、令和タイトル記念トークライブ」実施も計画中。森脇のやる気、元気は衰える様子がない。

 ◆森脇 健児(もりわき・けんじ)1967年2月5日、大阪・枚方市出身。59歳。京都・洛南高2年時に「第1回松竹芸能タレントオーディション」に合格し、同事務所入所。88~90年に読売テレビ「ざまぁKANKAN!」で注目を集め、90年代にフジテレビ系「笑っていいとも!」「夢がMORI MORI」で全国的人気に。99年から関西に拠点を戻して活躍。陸上競技、J1・京都、プロ野球・ソフトバンクの大ファン。スポーツ報知を長年愛読しており「両国発」は欠かさず読むとのこと。171センチ、58キロ。

 ◆森脇健児の昭和、平成の“陸上タイトル”

 ▼テレビ朝日系「ビートたけしのスポーツ大将」(昭和61年=1986年) 笑福亭鶴瓶の勧めで一般参加し、100メートル走の対決企画で優勝。繰り上げ出場からの逆転劇で、当時の人気企画「カール君」との対戦権をつかんだ。当時は桃山学院大1年の陸上競技部員とピン芸人の“二刀流”。この活躍が、直後に始まった自身のラジオ番組の人気に火をつける転機に。

 ▼TBS系特番「オールスター感謝祭」(平成15年=2003年秋) 初出場した「赤坂5丁目ミニマラソン」で優勝(3・434キロ、14分36秒)。その後は同29年(17年)春、同31年(19年)春と計3度、優勝。

 ◆「第1回シニア300m走サバイバルレンチャン」 MCの大悟(千鳥)が、かつて400メートル走で若手の壁に阻まれた森脇の姿を見て「45歳以上の大会をやったら?」と提案して実現。最下位が脱落してレースを重ねるサバイバル方式で実施。元サッカー日本代表・武田修宏、バルセロナ五輪体操銀メダリスト・池谷幸雄、ノッチ(デンジャラス)らが出場。

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