柔道男子60キロ級で2021年東京五輪金メダリストの高藤直寿が9日、所属先のパーク24本社(東京都品川区)で会見し、現役引退を表明した。「わたくし高藤直寿は柔道選手として一区切りをつけたことをご報告させて頂きたいと思います。

今までたくさんの方々に支えていただいて、やり切ることができました。」と決断を明かした。黒のスーツでビシッと決め、すがすがしい表情で臨んだ。

 高藤の会見での一問一答は以下の通り。

 ―東京五輪金メダルは。

 「東京五輪はいろんな感情があるけど、まず小さい頃からの夢を達成できたと同時にコロナ禍だったので、苦しかったという感情の方が大きかったのかもしれません。でも五輪というのは最高だなと勝った時に思ったので、東京五輪を開催していただけて、自分としても本当に良かったと思いますし、この経験を今後の柔道の指導であったり、いろんな場面で生かしていけたらと思っています」

 ―柔道生活を一言で。

 「僕の場合はルール改正とかも、もろに食らってきた人なので、“試練の連続”でした」

 ―勝ってもニュースにならないこともあったが。

 「特に阿部(一二三)選手は、出始めからずっと仲良くしていたので、思い入れはあるんですけど、ああいった選手が身近にいて刺激を多くもらうことがあった。別に自分が阿部よりも目立ちたいというのは最初しかなくて、(阿部の妹・)詩が出たときにはもう無理だろうと(笑)。ああいう偉大な選手と一緒にできたことを誇りに思いますし、本当に周りにも恵まれて、高藤直寿という柔道家ができあがったと思うので、感謝したい。そういった部分でも柔道界全体を強くしていかないと今後、阿部選手(のような選手)というのは出てこないのかなと思います」

 ―「天才」だと言われてきたが。

 「天才だと思っていました…阿部一二三が出てくるまでは(笑)。

天才と言われる自分になんかちょっと違うなと。2チャンネルの書き込みとかを見て、それで調子に乗っていた時期もありましたけど、でも誰よりも練習しましたし、誰よりも金メダルのことを考えてやってきたので、しっかりと努力をして高藤直寿はできあがったということは、この場で伝えたいです」

 ―様々な挑戦を振り返って。

 「自分らしさを出して、畳の外でも出していけたのかなと思っています。でもそれは全て柔道のためになることを選んでやってきた。ここまでやってきて改めて自分には柔道しかないなと思います。今後もずっと畳の上で生きていきたいと思います」

 ―父として。

 「今後は指導者なので、びしばししていこうかなと。子供が柔道を始めてくれて、最後に言われたのは(息子から)『最近全然勝ってねぇじゃん』と。(勝った姿を)見せられなくて、そこは申し訳なかったなと思います。(引退について)息子は嫌だなみたいな感じでした。娘も柔道やっているんですけど、明日誕生日なので、前日に引退のことは見たくないよと言っていたからみんなちょっとまだ嫌なのかなと思うけど、誰にでも引退のときは来ることは伝えられたと思います」

 ―一番うれしかった景色は。

 「一番うれしかった景色は、やはり東京五輪の金メダル。

でもどの大会でも勝ったらうれしかったし、ホッとしていたなと思います」

 ―今後の挑戦。

 「自分自身、今後ジュニアの選手向けにメンタルトレーナーの資格は取得したので、また、映像分析も好きなので、そういったところでオンライン上でのサロンみたいなものをつくろうと思いまして。ネクストアスリートラボという名前で今年中にはスタートさせようと思います」

 ◇高藤 直寿(たかとう・なおひさ)1993年5月30日、栃木・下野市生まれ。32歳。6歳で野木町柔道クラブで柔道を始める。神奈川・東海大相模高3年の2011年に世界ジュニア選手権優勝。6歳で始め、小中高と世代の全国大会を制覇。東海大相模高3年の11年に世界ジュニアV。東海大を卒業後の16年からパーク24所属。同年リオ五輪銅メダル。世界選手権は13、17、18年に金、14年は銅。21年東京五輪金。

得意は小内刈り。160センチ。血液型AB。

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